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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#118
2023.03

木彫刻のまちを、文化でつなぎなおす

3 「雲」のある豊かさを 富山県南砺市井波
1)井波木彫刻と「雲」

Bed and Craftのラウンジの入り口には、長いアプローチがある。チェックインしようと奥に進むと、幾重にも重なった、立体的な雲の彫刻作品が目に飛び込んでくる。前川大地さんの作品だ。 

雲のモチーフは、井波彫刻では、通常は主役にはならない。メインの動植物などが引き立つように、木枠と主役のあいだにある空間を埋める、いわば「間(ま)」のようなものだ。この作品は、いつも脇役的な存在の雲を、主役にしてみたものだと前川さんは語る。

前川大地さん。工房兼ショップの「井波木彫工芸館」にて

前川大地さん。工房兼ショップの「井波木彫工芸館」にて

———井波の彫刻師は、みんな雲を大事にしています。雲は空間を埋める、つなぎ役なんです。枠があって、龍を置こうと思ったとして、龍だけだと落ちちゃうから雲で枠とつなぐ。あるいは、彫っていて、ちょっと寂しいな、となったときも何個か彫る。
そういうかたちで、お世話になっているから、僕はその雲に敬意を払って、雲を主役にした作品をつくったんです。昔のひとがこういうぐるっと渦を巻いたような雲をつくられて。昔の人は雲で「気」というか、力強さを表現していると理解してつくっています。

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Bed and Craftのチェックインラウンジに飾られている

前川さんは、井波彫刻の組合の理事でもある。井波彫刻にとっての「雲」と同じように、井波彫刻の産業も、花形が井波彫刻師だとすると、周辺で支えるさまざまな職人の存在がある。だが、産業全体が縮小していくなかで、そうした仕事が一つひとつ抜け落ち始め、産地としての底力が落ちていくことを前川さんは懸念している。

———僕らとしてはずいぶん前から問題意識があり、「どう考えても(井波彫刻を担う人材は)将来的には少なくなっていくよね」と。横を見るとわかるんです。彫刻師はいま150人ぐらいいて、20年後には半分ぐらいに減っちゃうかもしれない。それでも、50人ぐらいはいる。
でも、井波彫刻の周りには関連してたくさんの仕事があるんです。建具師さん、製材される方、道具をつくられる方、とか。関連産業を含めると、人数がいないし、ご高齢。そこに手をつけないといけない。
僕らは欄間の彫刻を彫るんですけど、枠をつける職人がいなくなると困るんです。でも、その職人が一番若くて60代後半から70代。それで、6年ほど前に隣町に住んでいた僕の後輩が井波に戻ってきたときに、「井波彫刻の仕事ってある?」と言うから、「ぜひ」と。定着してもらえるように、青年部からもどんどん仕事をお願いしたりして。
ほかにも、「糸鋸ミシン」という仕事があり、欄間は最初にいらないところを全部抜くんです。その仕事をしていた職人さんも90いくつで、7年前に亡くなられて。去年その機械を譲ってもらって、いま若い女性を育成して仕事をしてもらっています。

長年使い込まれた糸鋸ミシン。井波木彫刻を支える大切な「間」の仕事だ

長年使い込まれた糸鋸ミシン。井波木彫刻を支える大切な「間」の仕事の道具

 産業を守るためにいかに後継者を育成していくか。「そのための新しい仕組みや構造をどうやってつくっていくか」を、ずっと考えてきた。そして、「欄間に代わるような市場をつくるのが僕の役割」だと前川さんは語る。

———お寺とかお祭り等については、最近だと復元などはあるので、伝統的な井波の技術は残していかないといけない。それは伝統として片側のタイヤなんですけど、もうひとつは時代に合うようなものの提案。この2つのタイヤを同時に回していかないといけないと考えています。

現在、可能性を見出しているのが、KIN-NAKAの天井にも吊るされていた木製シャンデリア。Bed and Craftとの取り組みのなかで生まれた作品だ。白熱灯は熱をもつため、木の素材は、照明との相性が悪かった。だが、熱をもたないLEDの登場によって、新たな用途へ道がひらけた。前川さんが井波彫刻の技術でつくった木製シャンデリアは、2021年には、松屋銀座のショーウインドウのディスプレイにも採用されている。

———これまでショーウインドウのディスプレイも、展示期間が終わればおしまいではなく、ちゃんとSDGsも考えて使いたい、と。今後もよそに貸し出ししたり、いろいろ組み替えて使ってみたいということでした。

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