1)土地の当たり前を、特別な景色に Roku
金沢駅からの路線バスが停まる、バス停のほど近くに、山川さんが手がけたショップギャラリー「季の実」がある。井波の玄関口ともいえる場所だ。お店の前には、よく日があたり、公園のように椅子に腰かけられるひらかれた庭がある。訪れたころは、カラマグロスティスというススキのような植物が風に穂を揺らしていた。そのとなりに、2020年にオープンしたBed and Craftの一番新しい宿「RoKu(ロク)」はある。
入り口の門を開けると、ブランコのある緑豊かな庭園が目の前に広がり、その奥に建物がひっそりとたたずんでいる。敷石の小道が建物までゆったりと続き、小さな川まで流れている。
「まちの顔」とも言えるような場所にある、季の実の植栽とRoKuを手がけた作家が、作庭家の根岸新さんだ。根岸さんは、井波で唯一外科の手術もできる、まちに欠かせない診療所だった建物と敷地に、土地の植物を植え、宿にも石や木などをしつらえて、土地の自然を体感できるような場所に生まれ変わらせた。
根岸さんがRoKuの空間づくりで、特に意識したのが、「特別な空間」づくりだ。「宿と診療所との関連性」も大切にし、診療所にちなんだ材料を宿にも取り込んでいった。診療所に残っていた、大きな石、火鉢、屋根瓦など。それらを捨てるのではなく、場の由来、歴史の記憶として、庭や建物のなかにあえてわかるかたちで残した。この土地の来し方や風土を感じてもらうためのしかけとなっている。
———工事に入る前に、庭にゴロゴロ転がっていた石をそのまま使ったりとか。昔は池庭があったらしいです。火鉢も沢山ありました。診療所の地下に置いてあって。患者さんが暖をとるために使っていたんじゃないかと言われています。
部屋のなかでも自然を感じてもらえたらどうかと僕から提案して。「部屋のなかに石を使えないですかね?」と話したら、石のテーブルや洗面台のアイデアを山川さんたちが出してくれました。部屋のなかでも石や植物から自然を感じてほしいと思っています。
「井波の自然」を感じるための工夫は、庭の植栽に見事に表れている。植物は、地域の里山である八乙女山の植生を参考にしながら、50種ほど植えている。庭の半分は半日影になっていて、空間に対して多様だ。
———さまざまな植物が季節ごとに花を咲かせるので、夏の1日と、秋の1日とではまったく違う。また違う季節にも来たいと思ってもらえるように、来るたびに景色が変わると感じられるように植栽を設計しました。といっても、植物は自然と種で増えたり、鳥が種を運んできたりするので、自然の営みも尊重しながら庭づくりを考えています。
それから、庭のなかに川を流しました。川があると植物たちが奔放に、自分の力で育っていく。水辺の生き物たちも集まってくるんです。ブランコもアクセントになっていて、それにあわせて敷石の動線もつくっています。
そこにあるのは、里山の景色が再現された庭の風景。井波に住む人にとっては、当たり前の景色に近いものかもしれない。しかし、このまちを初めて訪れる、都会で生活する人にとっては、その当たり前こそが特別な景色になる。
根岸さん自身も、このまちへの移住者だ。山川さんとの仕事の縁で、2020年に井波に住まいを移した。それから3年。「職人が住むまち」は、作り手として刺激が多いという。
———移住の理由は、まちの魅力というより、山川さんたちが面白いことをやっていると思ったから。この田舎ですごく新しいことを始めようとしている、そこに魅力を感じたんです。
Bed and Craftと関わっている作家さんたちとも交流があるんですけど、ものづくりに取り組む姿勢とか、作品が素晴らしくて、刺激をものすごく受けます。ここに身を置くことで、ジャンルが違っても、同じ作り手として学ぶことが多い。ここにいる価値はそこにあると思います。