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アネモメトリ -風の手帖-

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#114
2022.11

21世紀型の祭りをつくる 

前編 福島わらじまつりの大改革 福島県福島市
4)土台となる物語をつくる

わかりやすいアイコンがない中で、何を祭りの芯とするのか。
大友さんの改革は大胆だった。まず、着手したのは「わらじまつりの物語」をつくること。祭りの根幹となる土台から始めたのだった。

———東北各地の祭りはなんで誇れるかっていうと、「伝統のような顔」をしてるからだと思ったんです。正確に言うと、伝統がみんなが信じられる姿をしている。青森のねぶたにしろ、江戸時代のかたちをそのままやっているわけじゃない。充分現代的に改変され続けています。でも伝統だって思える。仙台のすずめ踊りも、新しいのに、しっかり伝統的な感じがする。
じゃあ、何を持って伝統なのかっていうと、みんなが共通して信じられるストーリーが背景にあるかどうかだと思うんです。伊達政宗の前で踊ったって話があるだけで全然違う。何よりも、みんなが信じられる共同幻想のようなものがないと祭りにならない。

福島の誇りにつながる祭りをつくり、その祭りを持続させていくために。
大友さんたちは図書館に通うなどして資料を探し、人に話を聞くなどして、素材となる話やエピソードを集めた。
福島市は、かつて小さな村落だった。辺り一帯は畑地で、雅な伝説があるわけでも、歴史上有名な武将や文人がいるわけでもない。それでもストーリーの欠片はたくさん散らばっていた。

———福島市は明治維新で人工的につくられた県庁所在地だったんで、(同じ県内の)相馬や会津、二本松のように歴史がある場所じゃなかった。だから伊達政宗的な英雄もいない。祭りを改革する時に最初気づいたのは、祭りの起源となるような、祭りに真正性をもたらすような英雄や、祭り起源の物語がないことでした。そもそもわらじまつりの元になった冬の祭り「暁まいり」も、江戸時代から続いてることはわかっていても、一体いつ、誰が、どういう経緯で始めたかは実は全然わからないんです。でも逆にいえば、それこそが庶民の祭りだった証拠でもあるなと思ったんです。英雄がいるわけでも、権威ある神社が関わっているわけでもなく、農民たちの祭りだったんじゃないかなって。そここそがこの祭りの誇りになるべきだって。

福島には、この辺りは昔、湖で、信夫山は島だったとか、そこに天狗がいたとか、そんな伝説は残っていて、子どもの頃は僕も信じてました。でも調べてみたら湖だったのは恐竜時代の話で、人類が住み出した頃にはもうとっくに平地だったんです。でもね、伝説なんてそんなもんなんだなとも思いました。きっと、あるとき誰かがまことしやかに言ったことが、なんらかの理由で説得力を持っていく。だったら、自分たちで祭りの種になるような伝説を探して新たな物語をつくっていけばいいんじゃないかってね。幸い福島にも祭りの種になるような伝説はたくさん残ってました。この先長く祭りを続けるためには、まずは、この種をしっかりと植え付けて、祭りの起源になる物語の芽を息吹かせることが重要だなって。

庶民の文化や風習は、なかなか残っていきにくい。そのほとんどは、歴史の表舞台には上がらないからだ。それでも、歴史からこぼれ落ちた欠片を拾い、想像力を働かせて描き出せたら、それもまたひとつの残し方となる。
大友さんたちは、脚本家の渡辺あやさんに資料を送り、ストーリーをつくってもらう。渡辺さんはNHKドラマ『カーネーション』や映画『ジョゼと虎と魚たち』など、数多くのすぐれた脚本を手がけ、大友さんは全幅の信頼を置いている。依頼するにあたって、メンバーたちは意見を出し合いながら、物語の骨子を検討していった。
メンバーのひとり、プロジェクトFUKUSHIMAスタッフの富山明子さんと大友さんが、物語をつくる過程を振り返る。

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富山明子さんと大友良英さん

———渡辺さんもいっしょに信夫山に登ったりもして、けっこうみんなで話しましたよね。ヒーロー的なひとがいたほうがいいのかという話も出たけど、もともと庶民の祭りで、偉い人を祀っているわけじゃないから、偉い人はつくらないことにしようと。そして、わらじが活躍することになったんですよね。(富山)

———誰もいない。個人名は出てこない。信夫山に天狗の伝説があったので、唯一天狗は使いました。それ以外はヒーローとか出てこなくって、「みんなでなんとかしてこの土地ができあがった」っていうストーリーになったんです。話もシンプルで、現代風のヒューマニズムが入っていないじゃないですか。そういうのも含めていいなって思った。要するにこの祭りがなんであるのか、悪い言い方をすれば捏造したんだけど、すべての祭りは捏造なんだよね。(大友)

捏造というと穏やかではないが、「伝統」とされるものは、それくらいおおらかに、その時々でつくり変えられ、時代に沿うかたちを取ってきたのではないだろうか。
また、大友さんは、伝統はいつでもつくり出せるもの、とも思っている。

———よく例に出してるのが和太鼓のアンサンブルなんだけど、あれも70年代につくられたもので、それ以前には、あの形のアンサンブルはなかったんです。もちろん和太鼓は伝統的なものだけど、ふんどしで叩くスタイルは、酒造メーカーのCMの林英哲さんの影響が大きい。ビートも日本独自ではなく、アフリカやブラジルのリズムを上手く日本風に置き換えたりしていて、とても良くできている。でもあれを日本古来の伝統だと思ってる人は多いんじゃないかな。でも実際はロックより新しい音楽なんです。