アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#100
2021.09

子どもが育つ、大人も育つ

1 地域とともに 誰もがかかわりうる保育の場 福岡市・いふくまち保育園(前編)

1)ものが生まれる過程と背景を伝える

2021年6月、梅雨の晴れ間のある日。酒井さんの手がける2園を訪ねた。まず、最初につくったいふくまち保育園へと向かった。福岡市の中心街である天神から歩いて15分。同園が立地する伊福町は、空から見ると三角の形をした、オフィス街のほど近くにある住宅街のエリアだ。園は数分も歩けば幹線道路に出られる、都会の真ん中にある。夏の日差しと路面を覆うコンクリートの照り返しで、約30度の気温以上に暑さを感じる。そんな街路の一角に、涼しげに葉をゆらす木々が並ぶ小さな公園がある。

その隣にいふくまち保育園はあった。

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いふくまち保育園は、とても小さな保育園だ。スペイン人のオーナーが住んでいる2階建ての家の1階部分を借りてリノベーションしたそうで、この園を待っていたかのような外観のデザイン。入口付近の壁には吹き出し型の掲示板があって、手書きの「地域のお知らせ」が貼り出され、アットホームな雰囲気もある。

———まちに園をひらいていくために、外に向けて掲示板をつくってあるんです。この物件は偶然、前を通りかかった時に発見し、公園も隣接していたので直感的にここだ! と決めました。保育園はいつかやりたいとずっと思っていました。

園長の酒井さんがそう言って、園内を案内してくれた。ここでは4歳児までの園児19人を預かっていて、保育士などのスタッフ13人で運営している。

園内は床面積80㎡弱と2LDKのマンション程度の広さではあるが、一部の床面を上げて下に収納をつくったり、窓から公園へ出られるようにしたりと、空間を広く活用できるようにしつつ、子どもの導線を考えた工夫を凝らしている。

大きな窓から隣にある公園や、空が見える。

保育室に佇んでいると、都会の真ん中にいることを忘れるような居心地のよさや安心感がある。空間の随所に自然素材が使われているからだろう。壁は漆喰で塗られ、壁面一つひとつの塗り方が違う。かかわりのある左官職人の手仕事によるものだという。床や建具、家具などには天然木がふんだんに使われていて、園内の中心にある「シンボルツリー」が一際目を引いている。

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———この木は、里山保護に取り組むNPO法人いとなみの協力で、県内の糸島で育った木の間伐材から選ばせてもらいました。2園目のごしょがだに保育園をつくる際には、山に子どもたちも一緒に連れて行きました。

「いいもの」や「本物」に子どもたちを触れさせる。そういうことを大切にしているのだろうと思って尋ねてみると、もっと深い想いが見えた。「ものが生まれる過程と背景を知ってほしいと思ったから」だと酒井さんは語る。

———ものがどうやってできていて、どんな人がつくっているのか。つくる人と出会うという関係性も大事にしています。知っている人がつくってくれたものは、自然と大事にしますよね。「◯◯さんがこの壁を全部塗ってくれたよ」「この床の下にはパイプがあるよ」って、ただ現場に一緒にいた経験があるだけで伝わります。
シンボルツリーを選ぶ際には、その場で木を切ってもらいました。作業は命がけでした。この「命がけ」ということも、見に行った経験があるから言えるんですよね。ものが生まれる過程や背景には、小さな気づきがたくさんある。知ろうとすることで、新たな出会いやきっかけが生まれ、さらなる好奇心につながっていきます。

酒井さんは、園の保育に特定の教育はとり入れていないと語る。「海外のものでも、日本のものでも、特定の教育に偏らず、いろんな教育のいいなと思うところを取り入れようとしている」と。そんないふくまち保育園で大切にしていることの一つが、ものが生まれる過程と背景を伝えること、それを直に体験することだ。いま目の前に形としてある「結果」は、かかわってきた人々や子どもたちと時間をかけて、一つひとつ選び、つくりあげてきたプロセスのなかにあるものなのだ。