(2018.12.30公開)
10月の終わりにイタリアへ俳句遠征に出かけた。俳句で異文化交流を図ることを目的に俳人の大高翔さんと2013年から訪問俳句という活動を続けている。今回は歌舞伎研究者で国際基督教大学上級准教授の矢内賢二さんも一緒にローマとナポリを慌ただしく駆け巡る5日間。初日の会場であるローマ日本文化会館はボルゲーゼ公園西北の眺望の良い丘の上にある。#274「白い軒裏」でも紹介した建築家・吉田五十八が設計を手がけた平安朝時代の寝殿造りを基調とした鉄筋コンクリート造の建物。日本のものよりも大ぶりなプロポーションで構成されているためか、不思議とローマの街並みに調和している。まだ夏のような暑さの残るローマで汗だくになりながら一丁前に着物を着て、ローマ市民の皆さんと併設の日本庭園を吟行。日本庭園なのにオリーブの樹が植えられていたり、どこかエキゾチックな雰囲気の中、句材を収穫してワークショップを行った。それにしてもローマの街はどこを見ても松だらけ。庭園から見る遠景にも十二、三本の松並木が優雅なスカイラインを描いていた。続くナポリでは十三夜の月に遭遇。夕刻に訪れたヴォメロの丘にはカップルたちが集まって皆一心に空を見つめている。阿吽の呼吸で同じ方向にスマホのシャッターを切る様子はなんだか微笑ましくてつられて後ろからシャッターを切る。翌日のワークショップはナポリ東洋大学のジョルジョ・アミトラーノ教授のご厚意でPalazzo Du Mesnilという19世紀に建てられた宮殿で行う。夜明け前からの嵐で警報が出るほど荒天のナポリであったが、駆けつけてくれた先生や学生たちと「月」をテーマに俳句をつくる。月の下では君の心も見られると詠む人もいて、思い思いの月を切り取った。ワークショップを終えて外に出ると、雨も上がり、まるで嵐に耐えたあとのご褒美のようにナポリ湾には見事な虹がかかっていた。
虹二重神も恋愛し給へり 津田清子
ローマに戻ると、今度はローマ・ラ・サピエンツァ大学のマチルデ・マストランジェロ教授の授業に参加。「鉄道」を題材にした日本文学が今期の授業テーマであるということで、われわれも鉄道にちなんだ俳句を紹介する。その後、こちらの大学でも「月」をテーマに俳句のワークショップ。大学生ともあって、故郷を離れて遠くローマの地で学ぶ人も多く、故郷で見た月を思い出して詠む人もいた。改めてどこにいてもいつの時代も変わらずに空に浮かんでくれている月の存在に感じ入る。その夜、懇親会の会場へ向かう途中に空を見上げると、見事な満月が輝いていた。宴席で酔った勢いも加わり、関係者の中で「羅馬之連句」なるものをスタートさせた。ローマの食堂の円卓で徳島の拝宮和紙職人・中村功さんの漉いた和紙に筆を走らせる。まだ完成形を見ていないが、いつかの再訪のために発句から第三までここに記しておくことにする。
永遠の都まで月追いかけて 牛蒡
腹のふくるる今日の言の葉 健忘
添へたるはレモン黄金をこぼしつつ 翔多