(2018.05.09公開)
今年のゴールデンウィーク後半の連休は新潟の柏崎と長岡まで脚を伸ばした。
義母の個展が柏崎の「游文舎」で行われたので、作品搬入の手伝いをするためである。義母は日本画家として作品を世に問うている。代表的なものに屏風の大作がある。屏風は一人で運ぶことは難しい。そのための手伝いであった。
さて、日本画では、額装されるものの他、先にあげた屏風や掛軸などといった表具に仕立てられるものも多い。屏風や掛軸とは、作品のモチーフに合わせて表装されたものである。今日ではArt作品として美術館などで見ることが多くなったが、本来は日本家屋の床の間や部屋の装飾に用いられてきた。日本の伝統的なインテリアデザインといえよう。
しかし、ただ単純にインテリアデザインを担ってきただけではない。表具は、作品の保護という役割も担っている。作品の保護のため重要な技術として「裏打ち」があげられる。
裏打ちとは、紙や布に画かれた作品に、和紙を貼り補強するものである。
但しなんでも貼ればよいという訳ではない。適切に貼られて作品を補強しつつ、修補する際には裏打ちされた紙が綺麗に剥がれる必要がある。作品を補強し、後世に継承出来るようにしつつ、インテリアデザインとして美しく仕立てられる。それが屏風や掛軸などの表具の役割といえよう。表具の技術は、古代に中国から伝えられ、日本で独自に発展してきた。古くは仏画など宗教画が寺院や神社などで仕立てられ、時代を経るごとに公家や武家、商家などで飾られたり、部屋の仕切りなどに用いられてきた。特に近世になると江戸や京都、加賀などで表具の技術は向上していく。近代に入ると益田孝などの政財界の要人たちが挙って茶の湯を嗜み、茶掛けとしての掛軸に巨万の富を注ぎ込むようになる。昨今、美術館で明治の超絶技巧が取り上げられることが多いが、表具もまた明治に最盛期を迎えたのであった。
しかし、茶の湯を嗜む人口が減少し、また、床の間などがない家屋が造られるようになった現代において、表具は伝統的な文化や技術であるものの、身近なものではなく、美術館や博物館で鑑賞するArt作品の一部として捉えられてはいないだろうか。
身近なものでなくなるということは、それだけ表具師の活躍する場が限定されるということに繋がる。更には活躍する場が限定されると、技術を維持・継承することが困難になっていく。
技術は需要がなければ、維持・継承されないのだ。一度途絶えた技術を復活させることは容易なことではない。特に「裏打ち」の技術は、Art作品のみならず古文書などといった文化遺産を支える技術でもある。技術の継承のためには表具師の育成が欠かせない。
幸いにして、江戸表具については日本橋浜町「稲新堂稲崎」の稲崎昌仁さんを代表とする若手表具師の研究会「表粋会」が様々な活動を行っている。
東京の美大生とコラボレーションして、掛軸文化の復興を目指す展覧会「掛軸と絵画のミライ展」が6月19日から24日まで東京の田中八重洲画廊にて開催される。この展覧会をはじめとして、表具が人々により身近なものになることを願ってやまない。