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アネモメトリ -風の手帖-

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#226

土用
― 石神裕之

土用_梅干

(2017.07.30公開)

祇園祭も山鉾巡行など諸行事を終え、京都は夏本番。暑さも一段と厳しさを増す。

小豆買うて煮んとぞ思ふ土用入 高浜虚子

古来、いまの時期は「土用」と呼ばれている。

江戸時代、平賀源内がプロデュースしたとも言われる「土用の丑の日に鰻を食べれば暑気に勝つ」という逸話も、それに由来するものであるが、京都ではこの時期、極めて独特の風習を認めることができる。

例えば土用の入り(今年は7月19日)は、とくに「土用太郎」とも呼ばれるが、この日、京都では「土用餅」とよばれるあんころ餅を食べる風習がある。

宮中の習俗が一般に広まったものとされ、小豆は厄除けにも通じるため、土用餅を食べると、暑さに負けず無病息災で過ごせると考えられてきた。

掲出の虚子の句も、こうした習俗を踏まえたものといえようか。京都好きの虚子らしい句である。

また掲出の写真は、北野天満宮の境内で土用の期間に行われている梅の天日干し。
本殿中庭に広げられた梅の実は壮観である。

古来、この時期に梅の実を干すのがよいとされており、京都に限らず、こうした梅仕事をされている方も多いだろう。

北野天満宮の約2000本とも言われる梅園の梅の木から採れた梅の実。それらを塩漬けにし、天日干しをしているのである。土用の時期の天満宮は、まさに甘酸っぱい香りに満ちている。

実はこの「梅干」。ただの梅干しではない。

年末、12月13日の事初めから天満宮で授与される「大福梅」に生まれ変わるのだ。

無病息災の縁起物として知られ、京都のお正月には欠かせないもので、普通は結び昆布とともに茶碗に入れ、お茶を注いで飲む。「大福茶」と呼ばれて、親しまれている。

土用に食する食べ物では、ほかにも「土用蜆」や瓜、うどんといった「う」のつく食べ物などを食する地域もある。

他方、土用の時期は梅雨明けにもあたり、京都の寺院のなかには「曝涼」と呼ばれる絵画、書籍といった類を虫干しする作業もあり、この機会に宝物類を一般に展観する行事も行われている。

ちなみに中国宋代のころ、旧暦7月7日に年中行事として「虫干」を行うことが定着し、日本にも伝わった。

平安末期から鎌倉時代には、7月7日を「曝涼」の期日とされるようになったことが、九条兼実の『玉葉』や藤原定家の『明月記』の記事から読み取れる。

その後、「虫干」が庶民の風習として広がるなかで、時期に幅が出てきたようで、梅雨明け前後の土用に行うことが一般化していったようである。

その他、興味深い行事としては「焙烙灸(ほうろくきゅう)」がある。

洛西の日蓮宗金映山三宝寺(右京区鳴滝)では、「暑気封じ、頭痛封じ、中風封じ」の祈祷として、呪文を書いた素焼きの「ほうろく」を頭の上にのせて「もぐさ」に火をつけ、木剣で九字を切り、悪鬼邪霊を払う。

土用中は灸の効きが良いともいわれ、灸をすえる土用の行事は各地で行われている。俳句の季語としても「土用灸」の語がある。

ちなみにこの寺では、諸病封じの「きゅうり封じ祈祷」も行われており、蓮華寺(右京区御室大内町)、神光院(北区西賀茂神光院町)でも、土用の時期に同様の行事がある。

きゅうりに護符を入れ、名前や年齢を書いて、信者は庭へ埋めたり、川へ流したりするとか。祇園社の神紋は「五瓜に唐花」できゅうりの切り口に似ているともいわれ、疫病退散の「ツール」として、きゅうりが選ばれたのかもしれない。

なお祇園社の氏子はきゅうりを食さないという話も聞くがそこまで厳密ではないようだ。

それにしても夏季の土用には、いろいろと行事がある。なぜこれほどに、人々は夏季の「土用」に関心を払ってきたのか。

実は「土用」とは、季節ごとに存在する。

そもそも中国から伝わった陰陽五行説では、すべての事象を木・火・土・金・水の5つの要素に分類して世界を捉えようとした。

そして五行説では春は「木気」、夏は「火気」、秋は「金気」、冬は「水気」に相当するものと捉え、とくに五行説の重要な構成要素である「土気」については、季節の変わり目にあたるものと考えた。

すなわち立春・立夏・立秋・立冬といった区切りの前、18日間を「土気」に分類し、「土用」と呼ぶようになったのである。

確かに、こうした季節の変わり目に「土気」を動かすようなことをすれば、作物にも影響が出るであろうし、作業する人間の体調も崩れやすくなる。免疫が弱まれば、疫病にもかかりやすい。

とくに夏季の新暦7月20日ごろの「小暑」から立秋までの約18日間は、炎天の日々。

その間の作業はエネルギーを疲弊させるものであり、人々の体調や農作物の生育にも大きな影響を与えると考えられたのであろう。

暑気の激しさを凌ぎ、季節の変わり目のなかで、体調を整えていくための先人の智恵が「土用」というかたちで表されている。

いまもその智恵にまつわる諸習俗の多くが生き続けている京都。

京都のみならず、きっと各地域にも残っている習俗もあるのではないだろうか。
そうしたものを探って、諸行事を経験してみるのも暑気払いとなるかもしれない。

京都では35℃以上の「猛暑日」と形容される日が続く。やはり盆地ゆえか、風もなく湿度を含んで、体感温度はさらに蒸し暑い。

暑さの続く日々。どうぞ皆さんも土用にまつわる食べ物などを食べて、夏を軽やかに切り抜けてください。