東京オペラシティ アートギャラリーで、アルフレド・ジャーの個展「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」が開催されていた。アルフレド・ジャーはチリのサンティアゴ出身で、ニューヨークを拠点とするアーティストである。ジャーの作品は、世界各地の政治的な問題を扱うことで知られている。今回の展覧会では、アメリカ合衆国と日本との間の不均衡な関係を示した《明日は明日の陽が昇る》(2025)や、ヒロシマ賞受賞を記念した広島市現代美術館での個展に際して制作した《ヒロシマ、ヒロシマ》(2023)など、日本の政治的立場に言及した作品も展示されていた。
一方で、私自身の研究にひきつけると、とりわけ《アメリカのためのロゴ》(1987)が印象に残った。この作品は、パブリック・アート基金(Public Art Fund)の「公衆へのメッセージ(Messages to the Public)」というプログラムの一環として制作されたものである。「公衆へのメッセージ」は、タイムズ・スクエアのデジタルビルボードにアーティストが制作したイメージを掲示するというもので、1982年から1990年にかけて継続的に実施された。このプログラムは、デジタルビルボードが持つ――それが広告であるからこその――圧倒的な視覚的効果を利用して、政治的なメッセージを伝えることを意図している。同時にこれは、商業広告が占有するデジタルビルボードを乗っ取ることで、アートが商業主義的原理を一時的に停止させる効果も狙っていたといえるだろう。
《アメリカのためのロゴ》は、42秒間の映像である。映像内では、「アメリカ」という語は、アメリカ合衆国だけではなく、アメリカ大陸を指し示すものなのだということが主張される。この作品は、アメリカ合衆国の人々が内在化している自民族中心主義的を浮き彫りにするのである。慣習的であるとはいえ、彼/彼女らは、自らの国を「アメリカ」として名指すことで、アメリカ大陸全体のアイデンティティを自らのものとして主張しているといえるからだ。《アメリカのためのロゴ》は、アメリカ大陸全体が「アメリカ」であることを思い起こさせようとする。
重要なのは、この作品が商業広告のスペースを占有しているという点である。通常であれば、購買意欲を掻き立てるためのスペースが、商業主義的原理とは異なる政治的なメッセージを発信する場となる。1980年代には、こうした試みは数多く実施された。最も有名なのは、グラン・フュアリが1989年に制作した《キスでは人は殺せない――ニューヨーク市では拝金主義と無関心が人を殺す》であろう。この作品は、エイズと同性愛嫌悪を結びつける偏見や無理解を批判するために、ベネトンの広告を模して制作されたものである。ニューヨークのアート・コレクティブであるグループ・マテリアルもまた、広告費を支払い、バスや地下鉄の広告スペースに複数のアーティストの作品を展示する《M5》(1981–1982)や《サブカルチャー》(1983)を発表した。
これらの作品はいずれも、広告のスペースに介入することで、商業主義の原理を宙吊りにするとともに、広告が持つ訴求力を利用して自らの政治的なメッセージを伝達するものである。ここで重要であるのは、上記の作品が、広告という形式を完全に解体するものではなかったという点であろう。むしろ、いずれの作品も、まるで広告かのように存在することで、商業主義の内部に入り込んでいたといえる。だからこそ、広告としてのアートは、商業主義の原理を一時的に停止させることができたのである。
今日、ウェブ広告の隆盛によって、屋外広告はほとんど力を失った。しかし、だからといって、本稿で紹介した屋外広告としてのアートがもはや時代遅れのものだとは考えられない。むしろ、こうした実践が持つ戦略は、抵抗のあり方を考える上で、示唆に富むものである。抵抗する対象に入り込むことで、内側からその働きを停止させる――こうした試みは、広告以外の空間でも、実践されうるのではないだろうか。


