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#173

国立西洋美術館の世界遺産登録——文化資産の保全について考える
― 加藤志織

国立西洋美術館の世界遺産登録

(2016.07.24公開)

今月、東京の上野にある国立西洋美術館(1959年開館)がユネスコの世界遺産に登録されることになった。これが審議されていたトルコではクーデターが勃発し、イスタンブールで開かれていた世界遺産委員会は一時中断を余儀なくされるが、エルドアン政権に反旗を翻した一部の軍人たちは政府によって鎮圧され、西洋美術作品の蒐集と研究を目的とした日本の拠点は人類にとって普遍的な価値を有する文化遺産の一つとして認められた。
このグッド・ニュースが報じられるやいなや国立西洋美術館にはさっそく多くの人びとが見学に訪れたという。世界遺産として認められることは、日本国内はもちろん、海外にたいしても大きな宣伝効果をもつ。文化資産を観光資源化したい関係者にとってこの制度はさぞかしありがたいに違いない。
この建物を設計したのは、スイスで生まれフランスで活動したル・コルビュジエ(Le Corbusier、1887〜1965)。代表作はサヴォア邸(1928〜31、ポワシー、フランス)やロンシャンのノートル=ダム=デュ=オーの礼拝堂(1950〜55、ロンシャン、フランス)である。これらに比べると我が国にある国立西洋美術館は少々アピール力に欠けるが、ヨーロッパの偉大な建築家の影響が極東にまで及んだ証左として重要である。
とはいえ、世界遺産への登録を聞きつけてこの美術館に駆けつけた人たちが、館内を見学しただけで、国立西洋美術館の本館を設計したル・コルビュジエの建築思想や彼が近現代の建築に与えた影響をどこまで理解できたのかについては不明である。
もとより近代建築においてル・コルビュジエが成し遂げた業績についての評価はすでに定まっている。世界遺産への認定の可否にかかわらず、それについてあらためて議論する余地はほとんどない。近代絵画におけるパブロ・ピカソやアンリ・マティスの位置づけと同じように。
それよりも、これを機に身の回りに存在するさまざまな文化資産の利用や保全について考えてみるべきだろう。むろん世界遺産という制度そのものについての評価や問題点についても検証すべきではあるが…。
この場で述べるまでもなく、日本国内には国立西洋美術館以外にも重要な近現代建築が複数存在している。しかし、その多くが、世間から関心を寄せられることなく、今後取り壊されてしまう恐れのあることをわれわれは認識すべきだ。
そもそも文化資産(造形芸術はもちろん景観や伝統行事あるいは職人仕事などを含む)の保存とはいかにあるべきか、何をどういった基準で選び出し、それらをどのように救出し、維持すべきか、一度立ち止まって根本から見直す必要がある。
文化資産をただ盲目的に保全する態度にも、疑問の目を向けなければならない。建築にしても景観にしても、文化資産の多くは実社会にあり、日常生活と密接な関係にある。ゆえに、状況に合わせて文化資産の一部に手を加えて修正・変更することはむしろ当然で、逆にそうした行為を制限することが不合理である。思慮のない改修は非難されるべきだが、人が住まう建物や環境は安全・快適に暮らせるように適宜修繕が認められてよいだろう。
また、建築物や景観から人を遠ざけて、それらを記念碑のように展示することも可能な限り避けるべきである。こうした行為は人と文化資産とを乖離させる。建築も景観も、本来はその中で人間が活動するものであり、遠巻きに眺めて観賞するためのものではない。だからこそ国立西洋美術館も美術館として使われることに意味がある。いずれ耐用年数を迎える、その時まで。

*写真:国立西洋美術館の一部とエミール=アントワーヌ・ブールデル作《弓をひくヘラクレス》(1909、ブロンズ)、2016年6月