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アネモメトリ -風の手帖-

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#355

山のかたち
― 上村博

図版キャプション
ギュスターヴ・ドレ《スコットランドの湖。嵐の後》(1875-1878)
グルノーブル美術館
VILLE DE GRENOBLE / MUSÉE DE GRENOBLE-J.L. LACROIX
Domaine public

「山のかたち」と言っても、地質学的な話でも、山村のコミュニティデザインの話でもない。もっと表面的な、絵画やイラストに見られる、描かれた山の外観の話である。
「山」という象形文字や山を示すピクトグラムに見られるとおり、山の形には一般的にすぐそれとわかるような類型的表現がある。二等辺三角形や、頂上部分がギザギザに3つの峰に分かれた形である。いずれにせよ頂点が尖った図形が多い。勿論、現実の山容は複雑で、普通は山の端は不定形に凸凹しているものだし、また生活圏の近くの低い山なら、まさに京都の東山のように「布団着て寝たる姿」のように、なだらかな起伏となるだろう。山の形がすっきりと三角形に見えるものは滅多にない。まただからこそ、富士山や、各地の「〇〇富士」と称される山の形が賞賛されるのだろう。しかし、現実の山容はともかくも、象形文字やピクトグラムでは、重要な要素だけを抽象して示す、という基本的な操作がある以上、高さを記号化するために三角形の図像が採用されるのは当然だろう

しかし、それにしても尖っている。高さを示すのなら、台形でも半円でも州浜型でも良いかもしれないのに、頂点がツンとしている。また、漢字やピクトグラムのような極端に抽象化された図形でなくても、山のイラストやポスター画像においても、尖った山頂が目につく。山がちな日本に暮らしていると、いやでも山は目に入るし、生活の必要があれば、特段それと意識することなく山を上り下りすることもある。しかし、画像として流布する山の形は、そうした暮らしのなかで目にするものとはちょっと違った山である。実際のところ、わざわざイラストやポスターで山を描く場合の多くは、日常とは違う山の存在をアピールする必要を伴っている。つまり、山への旅行を促すとか、山の画像から健康を連想させるとか、山が娯楽や治癒をもたらしてくれる特別な場所だというアピールである。だとすると、おだやかに布団をかぶって寝ているような山々ではなく、巍峨たる山岳を描くほうが確かにふさわしいだろう。
東アジアではもともと生活圏の山とは別に、死者の国、霊場・聖地としての山の考え方があり、奥深い山は恐れ敬われる特殊な場所であった。そして幽邃な霊山ならずとも、山の懐深くには、柳田國男が「山の人生」と呼んだような、都市や農村とは違った異界が広がっているという意識は、今でも残存しているように思われる。西洋でも、山岳信仰のようなものは表立ってはなかっただろうが、山に対する畏敬の念はあったのではないだろうか。近代になってアルプスの峰々に人々が「崇高」という共通感情を抱くようになったのも人間のスケールを超越する山に神的な何かを感じたからであろう。
しかし山は人々を拒むだけではない。それは修行や巡礼の場所として、人間が非日常の経験を得る場所でもある。さらにまた、旅行がただの気晴らしや時間つぶしではなく、自分の日常には欠落したなにか(たとえば「本来の自分」)を探しに行くものだとしたら、山は格好の目的地のひとつだろう。山は日頃の自分の生活と距離を置いた場所にあるものというだけでなく、その大きな姿によって感情を高揚させてくれるものであり、また霊的な気分を吹き込んでくれるものである。さらにはそうした心的な効果にとどまらず、19世紀末からは治療(サナトリウムでの転地療法)やスポーツ(登山やスキー)の場となることで、都会の生活が損なった身体を治してくれるものになる。志賀重昂が「登山の気風を興作すべし」と書いたときも(1894年)、その目的はもはや霊場での修行のためとは言えないだろうが、そこで得られるものとして科学的・審美的・観光的な興味が渾然と並べられたなかに、やはり「人間(じんかん)の物にあらず、宛然天上に在るが如く」「頭脳は神となり聖となり、自ら霊慧の煥発する」ことが期待されていた。この偉大な効能のおかげで、山は心身の健康と治癒のシンボルとなり、その恩恵は都会の住民にもミネラルウォーターやシリアル食品といったものにも垣間見ることができる。
だからこそ、効験あらたかな場所として、山は下界の生活とは隔絶した神々しい姿で描かれなくてはならない車や電車やロープウェイでもアクセス可能な癒やしの場でありつつも、山は異界なのである。その強い効き目を示すには、やはりとんがった三角形が最適なのだろう。

図版キャプション:
ギュスターヴ・ドレ
《スコットランドの湖。嵐の後》(1875-1878)
グルノーブル美術館
VILLE DE GRENOBLE / MUSÉE DE GRENOBLE-J.L. LACROIX
Domaine public