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アネモメトリ -風の手帖-

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#24

小さな五線紙ノートと、大きな無地ノート
― 生駒祐子

(2014.11.05公開)

この頃は演奏旅行にも少し慣れてきて、旅の道具もシンプルになってきました。
まずは、アコーディオン。それから、ブラック・ドレス。他には、作りかけの曲の楽譜や、行く先の展覧会の案内状、美味しい果物のためのペティナイフや、あの人に渡したかったものや、簡単なフラワーベース、ちょっと長い旅ならヨガマットや、お薬がわりのスパイスを数種類、夏には水着やシュノーケルも入れてみたり。旅先へ思いを馳せながら気の赴くままにあれこれスーツケースに詰めてゆく中で、絶対に忘れてはいけないのが、小さな五線紙ノートです。

「旋律がふと浮かんだ時に、そのまま書きとめられるように」と使い始めた、小さな五線紙ノート。それは2005年のはじまりの20弁オルガニート(*1)に夢中になっていた頃で、小さな手廻しオルゴールの、ピアノで言う白い鍵盤の「ド」から「ラ」の、たった20音だけで作る音楽を書きとめたのが最初です。思えば、そのノートのちょっと無骨な五線……流れるような旋律を書きとめるには短いというのか、太いというのか……が、ちょうど良かったのでしょうね。雪のよく降る冬で、白い窓を眺めながら毎日、オルゴールの訥々とした不器用なループをいくつも作っては音符でノートを埋めて遊んでいました。そんなふうにしてできた手廻しオルゴールの音楽にメトロノームや、トイピアノを重ねてみたり、ニカさん(*2)の声や、マニュエル(*3)のカシオトーンが重ねられたりして『esquisse』というアルバムができました。
それから春が来て遊びに出かけるようになり、その小さな五線紙ノートも持ち歩くようになりました。以来肌身離さず、今は12冊目の五線紙ノートを使っています。黒い革にくるまれていて、少々のことには耐えてくれるのも、私にはちょうど良くて。
結局、おすすめの海岸の名前も、大切な打合せの記録も、スパイスの配合を色々試した記録も、美味しかったもののことも全部、小さな五線紙ノートに書いています。舞台や演奏会の感想が何ページにも渡っていたり、宴の最中に書いたことだけ覚えている不思議なメモがあったり、日記というには気まぐれですけれど、ささやかな日々のことが全部一緒に、まるで音楽のように五線の上に揺れているのが、結構気にいっています。

アコーディオンで音楽を作る時にはB4くらいの五線紙、歌のある音楽はA4くらいの五線紙がなんだかちょうど良いのですが、特別な時、……日常のリズムから離れて音楽の現場に飛び込みたい時には、大きな無地のノートを携えてゆきます。五線はもちろん罫線や方眼も決められていない、まっさらな、できるだけ手触りの良いものに限ります。
アルバム制作や舞台音楽の現場でそんなノートを使う時は、私もまっさら。即席の五線や、色々な言葉や図形も、何度も書きかえられた構成案も、上書きで真っ黒になったところも、すべてが終わった後で見たら全く解読不明ですけれど、いいんです。大きな無地ノート。どこまでも広い世界を自由に泳ぐように音楽を組み立ててゆける気がして、結構気にいっています。

でも、私にとって一番大切なのは、きっと、この2つのノートのどちらにも書かないことや、書けないこと。
言葉にしたくないこと、言葉に残せないこと、言い表せないわだかまり、とらえどころの無い揺らぎ、そして、とっておきの秘密が音楽になっていたことに、この頃気づきました。

(*1)オルガニート‥‥‥カード式手廻しオルゴール。
(*2)ニカさん‥‥‥シンガーソングライターの二階堂和美。『にじみ』他、アルバム多数。映画『かぐや姫の物語』の主題歌「いのちの記憶」ほか、映画やテレビ番組、テレビCMの楽曲提供も多い。
(*3)マニュエル‥‥‥シンガーソングライター、作曲/編曲家のManuel Bienvenu。『amanuma』他、アルバム多数。フランス在住。

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撮影:生駒祐子

生駒祐子(いこま・ゆうこ)
音楽家、アコーディオン奏者。
幼少より足踏みオルガンや、手廻しオルゴールにも親しむ。
「mama!milk」「yuko ikoma」二つの名義で数々の音楽作品を発表しながら、映画、舞台、美術作品等のサウンドトラックも手がけている。いずれも「Cinematic Beauty」「まだ見ぬ映画のサウンドトラック」とも評され、様々なイメージを喚起するその音楽性から他ジャンルの作家との共同制作も多い。アルバムに『mama!milk / Duologue』(2013/ windbell)『yuko ikoma / Suite for Fragile Chamber Orchestra』(フラジャイル室内楽団のための組曲)」(2011/ windbell)など多数。