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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#11
2013.11

しょうぶ学園 ― ものづくり、アート、創造性 ―

後編 真にクリエイティブな環境の実現

2.小数点をピックアップして、コーディネイトする

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東京都庭園美術館で開催された「Stitch by Stitch 針と糸で描くわたし」展(2009年7月18日〜9月27日)。現代美術作家とともに、しょうぶ学園のヌイ・プロジェクトも参加した


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思いのままに、のびのびと。描き手のエネルギーが伝わってくる


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職員の心くばりで居心地よく整えられた工房

数年前、東京都庭園美術館で初めてヌイ・プロジェクトの作品を見たとき、これほどの表現を生み出す作者はさぞ例外的な才能の持ち主なのだろうと思ったものだ。これはアウトサイダーアートという特別な世界だ、と。しかし、しょうぶ学園を訪れて、作者が創造的であることにもまして、彼らに力を発揮させる環境の大切さにこそ気づかされたのであった。

その立役者は利用者がものづくりに打ち込める環境を整えてきたスタッフ、とりわけ福森伸施設長だろう。福森さんは利用者を幸せにすることが福祉の仕事と考え、そのための場所作りをすることに取り組んできた人だ。

「利用者がハッピーであるように支援するのが僕らの仕事。僕は最近『ハッピー』という言葉をよく使うんです。彼らにできないことを教えて社会で働けるようにするのを『自立』と考えるのはおかしいと思う。単純作業をして1個何銭かを稼ぐ仕事をして、その人は幸せなんでしょうか。しかも、訓練しても社会に出てやっていける人はごくわずかです。
僕は『自立』というのは自己実現に向かっている状態だと考えているんです。たとえそれを達成していなくても、自分のやりたいことに向かうことが大切。彼らが作業しているとき、快適さや喜びを感じている。彼らがしたいことは、僕らから見たら理解が難しい、すごく変なことだったりするんですが。でも彼らはニコニコしてるんですよ。たぶん快適なんでしょうね。だったら、それをサポートするのが支援ではないか。
本人がなにをしたいのかを見つけるのが自立支援の80%だと思っています。そこに少しでも近づけたら、あとは手伝うだけなんです。水をチャプチャプやって、音や触覚や反射が面白くてずっとやっている人がいる。それをやめないのは、したいことだからでしょう。それをどうするのかを考えるのがスタッフの仕事なんです」。

利用者にものづくりをさせることが学園の目的ではない。彼らがやりたいことを発見して自己実現をサポートし、それを社会化していくことが重要だ、というのが福森さんの信念なのである。

「だから、クリエイティブであるべきなのは職員なんですよ。職員が柔軟な創造性を持っていないと、固定概念に負けてしまう。こうすることが正しい人間像だと思い込んでしまう。施設では12時から食事をして、13時に作業場に行かなきゃいけないのに、終わらない人がいて困っています、みたいな話になりがちです。13時に行かなくてもいいかもしれないじゃないですか。13時に行くようになって問題が解決したら、彼らは幸せになったと思いますか、と職員には聞くんです」。

福森さんのいう「クリエイティブ」とはものを制作することに限らない。常識やルールを疑って、障がい者の幸福を探し続ける努力ができることなのだ。

「原研哉さんの文章にあるんですけど、僕らは3の次は4だと考えようとするけれど、整数ではなく小数点の単位を見ると、3と4のあいだには無数の小数点があるわけです。クリエイティブな人というのは、その小数点を見つけることができる人。原さんは小数点を見つけてコーディネートするのがデザイナーの役目である、というようなことを言っていて、僕らに似てるなって思います。利用者は小数点にあたる。それが面白いところなのに、僕らは整数にあてはめようとするわけですよね。彼らは小数点だらけで、整数にはあてはまらない。そんな小数点をピックアップしていって、コーディネートしていくのが、僕はクリエイティブな人たちだと思っています」。

otto & orabu の音楽パフォーマンスにおいて、福森さんたちが不協和音、ずれる音を組み合わせながら音楽を作っていこうとするのも、小数点を見つけて調和へと変えていく行為であった。しょうぶ学園の活動には、そういう意味でも「クリエイティブ」な姿勢が根本にあると言える。

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パーカッション・グループ、 otto & orabu は福森施設長のもと、職員と利用者が圧倒的なパフォーマンスを作りあげる