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#54

「空を描く」
― 加藤志織

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(2014.03.03公開)

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今週は加藤が担当いたします。今回は西洋絵画において「空」がどのように描かれてきたのか、イタリア・ルネサンス期に活躍したヴェネツィア派絵画の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(Tiziano Vecellio、1488/1490頃―1576)の作品《栄光の聖母と幼子キリスト》(アンコーナ、市立美術館)を例に見てみましょう。
前回、このコラムを担当した際には、風景画家ターナーについてお話しました。その時に書きましたが、西洋においては、伝統的に風景画は宗教画や歴史画に比べて価値が低いものとみなされてきました。風景が描かれるのは宗教的・歴史的な場面のあくまでも背景だったのです。それ自体が独立した絵画作品として制作されるようになるのは16世紀以降のことです。しかも、それはルネサンス美術をリードしたイタリアではなく、アルプス以北の出来事でした。
宗教画や歴史画の背景として描かれていた都市あるいは田園の景観などは、当然、画面の前景に大きく表された聖人などに比べて一般的に重要度が低いものとみなされていました。したがって、しばしば類型化された風景が背景として描かれました。その一方で、実景が描かれることもありました。たとえば、制作を依頼された宗教画が完成後に奉納される教会がある町、あるいは作品注文者に縁がある都市の遠景などです。
その一例が、ティツィアーノが1520年代に制作した《栄光の聖母と幼子キリスト》です。画面左の聖フランチェスコと画面右の聖アルヴィーゼと跪いた男の間に、ヴェネツィアを象徴するドゥカーレ宮殿やサン・マルコ大聖堂そして鉛筆のような鐘楼が夕焼けに染まった空と共に描かれています。ちなみに跪き祈りのポーズをした人物が、教会に寄進するためにこの作品を描かせました。
そのヴェネツィアの景観を見てみると、黄昏時の薄い朱色で表現された空に雲がたなびいています。薄く横に広がった雲と縦に伸びてところどころ霧状になった雲は、ある箇所では空の朱を反射しながら輝きつつも、別の場所では沈み込んだ灰色に塗られています。水平線付近により明るい色が用いられていることから、おそらくこれは日没間近の景色でしょう。
このような微妙な表現が可能となったのは、色を薄く重ねて塗ることが可能で、しかもしなやかで伸びのある線描ができる油彩画技法が開発されたからにほかなりません。比較的に粘性の少ない植物性の油によって顔料を溶く油彩とは異なり、卵の黄身に顔料を混ぜる従来のテンペラ画技法は粘りが強く、ぼかしや透明感のある表現には一定の制約がありました。そのために、テンペラで描かれた空の色調は一様でグラデーションが見られなく、そこに浮かんだ雲もしばしば輪郭がはっきりとしています。
15世紀の初めにアルプスの北方で成立した油彩画技法は同世紀の後半になるとイタリアのヴェネツィアに伝えられて新たな展開を見せ始めます。そうしたもののひとつが、ティツィアーノが描いたような詩情豊かな空の表現です。こうした空の描き方は、まだ絵の背景の主題とは関係のない付随的な要素ではありましたが、こうした表現を絵画の見所と考える目利きが、少数とは言え、この頃には登場していました。
ティツィアーノの盟友として知られる文筆家のピエトロ・アレティーノ(Pietro Aretino、1492―1556)は、この画家が描いた景観になぞらえながら、ヴェネツィアの空や街を言葉によって描写しています。その一部を紹介します。

濃い水蒸気からなる入道雲を私(アレティーノ)が見た際の驚きを、想像してみてください。雲の半分は前景の建物の屋根近くに、残り半分の雲は後景にあり、右側は全体的に暗い灰色によってぼかされています。雲に表れたさまざまな色彩に私は啞然としました。その最も近い部分は、光り輝く太陽の炎によって焼かれ、最も遠いところは鉛丹色の小さな炎によって赤く染められています。自然の絵筆が、華麗な筆使いによって、建物の向こうに大気の動きを描き出しているのです。家々から大気が遠ざかっていくその描き方は、君、ヴェチェッリオが風景を描くときに用いるやり方と同じです。いくつかの箇所では緑色を帯びた青が、また別の箇所では青みを帯びた緑が、実物のように表れています。

見る者の琴線にふれるティツィアーノの抒情的な空の表現を称賛したアレティーノのこうした言葉は、画家の腕前を褒め称えると同時に、絵画の見所を教示するものでもありました。ティツィアーノは、とくに肖像画や受胎告知を描いた宗教画あるいは女性の裸体が登場する神話画などで有名で、独立した風景画を描いていた訳ではありません。この画家の風景描写は、あくまでも背景の一部にすぎません。それにもかかわらず、そうした箇所を大きく取り上げて批評する態度が見られることは注目に値します。そして、こうした風景描写がやがて単独で絵のモティーフとなっていくのです。しかし、イタリアでそのような絵画が登場するのはもう少し先のことです。

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