(2020.12.05公開)
料理を仕事にしていて、そのほとんどを出張でこなしている。自分の場所で料理を作って持って行くいわゆるケータリングというスタイルではなく、ほとんどを現場に出向いて一から作業する。そしてそれがいくつか重なると出張が長期になったりする。つまり、家はあるけど家で仕事ができることは意外と少ない。
出張先での仕事は、現場もいろいろ。キッチンが大きいところもあれば、狭いところもある。もちろん道具も、揃っていたり揃っていなかったり。スリランカ料理のリクエストの場合はちょっと特殊なので、そういう道具やスパイス類も必要になってくる。
なので、現場に合わせて必要なものからあれば便利なものまで、道具はなんやかんやと増える。
まず用意するのは使い慣れた包丁大小2本(行った先の包丁が合わないととても効率が落ちるし、マメなんかもできるとつらい)、手先のように動いてくれる細い木べら、味見やサーブにも欠かせない程よいサイズのレンゲや薄手のスプーン、これもあれば効率や仕上がりがぐっと良くなる作業用の細い箸等々。大きいものでは、あらゆる調理に万能に使える軽いステンレス鍋(移動の時嵩張らないように重ねられる同じ鍋をいくつも持っている)、蓋つきの入れ子のボウル(液体も入れられて火にもかけられ、料理を入れて使うこともできる)、時には食器だってコンロだって必要。そんなに? と思うかもしれないけど、それらがない所からの仕事の依頼もたくさんあるのが現実で……ということで一番使っている道具はそれらが容易く積める大きな愛車なのでは。
けどそうなるともう台所ごと動いてるようなもので、なんかもう、ひと言では言えない。
出張が多くなると荷物が多い、というかそれに慣れてしまうのが難点で、はいはい大丈夫ですよーと仕事を受けて準備も移動もできてしまうので、時々我に返り、やり過ぎてないかな、と気をつけて見直しをするようにしている。仕事の内容を吟味したり、クライアントさんにお願いできることはしてみたり。本当はひらりと身ひとつで出かけて行って軽やかに仕事をしてみたい……と夢見つつ、出来るだけ身軽に仕事ができるように心がけている。
移動もあるし現場もいろいろ、仕事の時間もばらばら。となると、体調を整えて体力や集中力、閃き力をキープするのがやっぱり大事。一番必要なのは自分のコンディションだ。材料や道具は、あれば便利というだけで、正直(依頼の内容を差し置けば)行った先でなんとでもなる。むしろそれは自分の強みでもある。なので、その場に合わせていろんなことに対応できるよう気持ちを集中させることが結局大事なのだ。
移動を重ねていくうちに一番小さくそれができる方法が、お気に入りの温かいお茶を飲んでひと息いれることだとわかった。案外どこでも寛げるし居心地よく寝られるので、体より気持ちをリラックスさせる方がわたしにはなんとなく重要なよう。コーヒー派ではないので出先でなかなか好みの飲み物屋に出会えないということもわかってきて、飲みたいものは持ち歩く方がいいなという結論に至った。
お茶はたっぷりと飲みたいわたしは好きなスリランカの紅茶のティーバッグがあるとひとまず安心。保存袋では味気ないので、入れ物は数年前から愛用しているスリランカの小物入れにしている。
この小物入れ、現地でいろんな柄やサイズをたくさん見てきたのだけど自然素材の手作りのものなので具合がいいものを探すのはなかなか大変である。そして気に入ったものを見つけてもまぁまぁすぐに壊れたりする。そして同じものにはほぼ二度と出会えない。でもこれをお財布がわりに使っていると現地のお母さんたちが「あなたそれ使ってるの! 昔はみんなこれだったわぁ、懐かしい」と話しかけてくれるので気に入っている。この紅茶入れにしているものは手のひらサイズながらティーバッグは10包くらい収まり、荷物のどこにでもスルリと入って具合良い。
最近、古道具屋の友人が南インドで見つけてきたちょっと大ぶりのものを手に入れた。スリランカにはないサイズで丈夫だ。ちょっと大きいのをいいことに、紅茶に加え信楽で友人が作っている焙じ煎茶と、好きなチョコレートも入れて安心をちょっと増やす。焙じ煎茶はその香りと飲み心地があらゆるお茶を飲みたい気分をも満足させてくれ、茶葉まで美味しくいただけるのでゴミも出ないという満点の友である。
ホテルや友人の家はもちろん、散歩先、移動途中など外で気晴らしすることもあるので、荷物に余裕があれば気に入っている小さなうつわも入れ子にしていくつか。選べることが出先の窮屈さを減らしてくれるし、誰かを誘う時にもちょうどいい。外で好きなうつわと気に入りのお茶に触れると、気持ちが寛いでどこでも瞬時に自分の空間ができあがるような気がする。
目が覚めたとき、仕事の前、どこかの部屋や外での気分転換、キッチンでの休憩、煮詰まったとき、わたしはいつもお茶を飲む。今も出張先で昼と夜の食事を作る隙間の時間に、見つけたお気に入りの海のポイントでお茶を飲みながらこのエッセイを書いている。
太田夏来(おおた・なつき)
料理家。和食・スリランカ料理を学んだ経験をもとに、出張料理、料理教室やワークショップ、レシピ等の提供や撮影のスタイリング、イベントの企画やディレクションなど食まわりのことあれこれと、10年ほど通うスリランカへのツアーコーディネートなどを行なっている。
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