アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#67

鳴り物
― 渕上純子

(2018.07.05公開)

コントラバスと歌のデュオ、で28年くらい演奏しています。
たまにある編成ですが、この年月ずっと、というのは珍しいかもしれません。私は歌を担当し、作曲は2人とも、作詞は私のみが行っています。
コントラバスと声の2つの音に、たまにコントラバス奏者のコーラス、私が演奏する鍵盤ハモニカ、時々おもちゃ等音の出る「鳴り物」が入ります。
鳴り物という発想はもともと私の中にはなく、これを教えてくれたのはコントラバスの相方でした。
今から30年ほど前、もともとジャズミュージシャンの相方は、主にトロンボーンとドラムのトリオで活動しており、そのトリオでは3人がそれぞれ、自分の楽器以外にいろんな鳴り物を「いま必要な音はこれしかない」という的確な判断とかっこよさで鳴らしていました。
当時
、私はジャズを聴いたことがなく、後々、彼らが好きな外国のミュージシャンに「多楽器主義」という流儀のひとがいたことを知りました彼らトロンボーントリオの鳴り物使いは誰かの影響などを飛び越えた、いままさにそのひとが出したい声や歌のようで、彼らの演奏に触れ、「いまここに必要な音」「これしかない音」で音楽を作る、という考えが突然ストンと私の腑に落ち、その時から自分のなかで歌うことと歌わないこと、声の代わりに別の音を出すことの境目がなくなったのでした。
またその瞬間から、この世にある音そのものに興味が湧き、気がつけば音の鳴る色々なものを集めたり買ったりするようになりました。
歌もの曲は普通、歌の前後に様々な音色で編曲されたイントロや間奏後奏がある作りになっていますが、私たちの演奏はコントラバスと歌だけなので、歌の前後はコントラバスだけ、という構成が多いです。しかしずっとそれだと面白くないので、初めのうちは声か鍵盤ハモニカなどで、メロディの一部を演奏してイントロや間奏にしていました。
アドリブできるほど楽器が達者でない私にとって、単音でメロディを弾けば間奏として成り立つ鍵盤ハモニカは実に魅力的な楽器です。メーカーにより名称も音色も違い、また外国のもの、おもちゃと楽器の中間くらいの精度のものなど種類も多く、気がつけば色んな鍵盤ハモニカを持っていました。同様にリコーダー、トイピアノ、ミニキーボード、ハモニカ、木琴、カズーといった単音でメロディを演奏して楽しい楽器のコレクションも増えていきました。
最初に使った音階のない鳴り物はタンバリンだったと思います。吹く楽器は歌と同時に演奏できないけれど、叩く楽器は歌いながら演奏できるので、歌、打楽器、コントラバスと、絡む音が3つになり、リズムにもバリエーションが出て楽しさが増します。楽器店に並ぶいろんな形のもの、30年前ケニアで買った手作りのもの、百円ショップのパーティグッズまで、実にたくさん買い、鳴らしました。
最初に鳴らした楽器以外のものは、自転車のベルです。このデュオ用に初めて書いた「日曜日ひとりででかけた」というオリジナル曲の中、コントラバス8小節の間奏で中国製の大きなベルを鳴らしてみると、自転車で街を散歩しているような空間が生まれ、以降そのベルは欠かせなくなりました。昔はベルを忘れたら百円ショップで買って代用していましたが、いつしか「ちりんちりん」から「チーン」とか「カーン」という音のする小さな鐘に変わって代用できなくなり、味のある響きの最初のベルを今も大事に持ち歩いています。
タンザニアの
路上みかん売りのおじいさんを歌った「バブの店さき」という曲では、5番まである歌詞の間奏で、自転車ベル、カウベル、おもちゃハーモニカ、ブリキラッパと百円ショップの自転車ホーンを順番に、最後に小さいカウベルを集めたジャラジャラを鳴らしたところ、記憶の中のまちが立ち現れ、そこにいたひとたちにも会えた気がしました。
こんな風に鳴り物は増えていき、うちの押入れは現在もレギュラーの他、出番を待つ鳴り物で溢れています。年に一度くらい、溜まりすぎた鳴り物をお客さんに演奏してもらいそのまま持って帰っていただくことがありますが、不思議なことにまた増えます。
すでに楽曲の一部になっている鳴り物は替えがきかないものがほとんどで、ひとが見たらガラクタのようなものをたくさんタッパーのような保存容器に入れ、10年20年と持ち運んでいます。海外ツアーで空港のエックス線検査にひっかかり、出てくるのがガラクタで失笑を買うことも度々です。
音のするものには惹かれ続けていますが、いまは声とコントラバスだけ、言葉とリズムとメロディだけでどこまで何ができるか、ということに最も興味があり、それもひとつの鳴り物の旅だと思っています。
すなわちわたし自身がひとつの鳴り物であるということなのかもしれません。
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渕上純子(ふちがみ・じゅんこ)

歌手、作詞、作曲。
コントラバスと歌のデュオ「ふちがみとふなと」ボーカル、鳴り物 担当。
www.yoshida-house.net

子供向けTV番組にいくつか歌詞を提供。
2017年、絵本僕に宛てて(ことば担当)上梓。
http://yugecompany.shop-pro.jp/?pid=126727484