(2025.07.05公開)
1990年代前半、30歳を前に、私はアパレルデザイナーの傍ら、写真を題材に空間を部屋に見立てた作品をつくり始めた。それから気がつけば、30年以上が経ってしまった。今では「インスタレーションのアーティスト」と紹介されることが多い。
20年ほど前からは、国内外に滞在しながら現地で制作するスタイルに軸足を置き、自分で木工作業をする機会も増えていった。昔は慣れなかった大工仕事も、丸鋸やインパクトといった電動工具のおかげで、非力な私でもなんとか造作ができるのだから、道具の進歩とは、女性にとって本当にありがたいものだ。難しいことはできないが、ひとりで出来ることが増えると、自分のペースで制作に集中できる安心感がある。

「三田村光土里のしごと -Weaving Everyday-」
2025
現代美術製作所
この春は、京都のアートギャラリー・現代美術製作所に滞在し、「三田村光土里のしごと – Weaving Everyday -」展を開催した。かつて西陣織の工房だった町屋の空間で、場所が持つ営みの記憶と一対一で対話し、丸々1ヵ月、制作に没頭した。これを書いている今も、横浜にオープンした芸術複合施設・Art Center NEWで、着地点を決めないインスタレーションを公開制作中だ。展示空間をスタジオとして機能させ、日々、少しずつ新しいインスタレーションを増やしていく。
この機会に、私のインスタレーション作業に欠かせない道具の中から7つを選び、ご紹介しようと思う。どれも特別なものではないけれど、どんな場所でもひとりの作業を支えてくれる頼もしいサポーターだ。

丸鋸定規
1. 丸鋸定規
私のインスタレーションは、木材をカットして木枠を組み立てる作業から始まる。複数の木枠で作る骨組みが、今では私の空間の定番になっている。
その木材をカットするのに、特に重宝しているのがタジマの丸鋸定規だ。水平部分の縁がL字に折れているだけで、 丸鋸がぴったりと垂直にあたり、断面が真っ直ぐに切れる。この定規を使うたびに、私は毎回感動を覚える。真っ直ぐに切れるって素晴らしい。

ロックハンドクランプ

コーナークランプ
2. クランプ
クランプも木工作業の力強い助っ人だ。握るだけで締まるロックハンドクランプは、軽い力で素早く木材を束ねて固定できる。コーナークランプは、木枠をひとりで組むのを楽しくしてくれる大好きなアイテムだ。簡単に直角のビス打ちができ、仕上がりの精度もモチベーションも上がる優れもの。

インシュロック
3. インシュロック(結束バンド)
木枠が出来たら次は組み立て。インシュロックは簡単に木枠を仮固定して自立させられるので、配置を確認するときの必需品だ。ちなみに、プロの人たちが「インシュロック」と呼ぶのを真似してそう呼んでいるが、インシュってなんだろう。答えはインシュロイド社の商品名とのこと。バンドエイドとかポストイットみたいな(今は絆創膏、付箋と言わないと若者に通じないらしいが)。

テグス
4. 艶消しタイプのテグス(釣り糸)
浮遊感を演出するのに、私はよくモノを天井から吊り下げる。高いところから何かを吊るだけで、空間が劇的に変容する。艶消しタイプの釣り糸は、照明のぎらつきを軽減してくれるお気に入り。スペインの美術館で、この日本製の釣り糸を展示に使っていたところ、他の展示のテクニシャンたちがやってきて「使わせてくれないか」とお願いされ、なんだか誇らしい気分でお貸しした。

ワッシャー
5. ワッシャー
モノを吊る前に、まずテグスを天井から何本も垂らしておく。その際、テグスが上に巻き上がらないよう錘(おもり)にするのが、本来はネジやボルトの固定に使う、金属のワッシャーだ。時にはワッシャーを上に投げて、梁にテグスをかける必殺技も。大活躍のワッシャーだが、用が済むと雑に転がっている。ある日、手にしたワッシャーが、重さも大きさも五円玉と同じだと気づいた。しかも1個5円では買えない。ならば五円玉で良いのでは。それ以来ワッシャーが落ちていると、お金に見えてしまう。

養生テープ
6.養生テープ
日本のテープ類はとても優秀。特に養生テープは、展示に限らず何かと重宝する。手で簡単に切れ、梱包にも開梱にも扱いやすい。中でもダイアテックスのパイオランテープと、縦横に切れて便利な寺岡のP-カットテープは粘着力もしっかり。こんなに便利な養生テープだが、これまで他の国でお目にかかったことがない。外国のテープ類はペラペラで貧弱なものが多いので、いつもドヤ顔で日本の養生テープを使って見せている。

はさみ
7.はさみ
作業用エプロンの中には、常にはさみが2つ3つ入っている。はさみは100円ショップで大人買いできる安価なものを、いつも5つくらいは用意して展示作業に臨む。それなのに、はさみを入れたポケットはすぐに空になる。この怪奇現象を「妖怪はさみ隠し」と名付けよう。まあ、妖怪の正体はわかっているけれども。
はさみに限らず、使ったそばから道具を探してばかりいるので困ったものだ。この妖怪を退治するための、新たな道具が必要かもしれない。
三田村光土里 (みたむら・みどり)
1964年、愛知県生まれ。東京在住。
フィールドワークから得られる私小説的な追憶を題材に、写真や映像、言葉や日用品等の多様なメディアと組み合わせた空間作品を国内外で発表。文化庁新進芸術家海外派遣・フィンランド三都市巡回個展(2005) 、ウィーン分離派館・セセッションにて個展 (2006)、あいちトリエンナーレ(2016)、恵比寿映像祭 (2022)、瀬戸内国際芸術祭(2022)他。

公開制作「NEW Daysのための終わらないインスタレーション」
2025
Art Center NEW
2025年7月現在、横浜・みなとみらいにオープンした芸術複合施設、Art Center NEWのグランドオープン記念展にて、新作「NEW Daysのための終らないインスタレーション」を公開制作中。
グランドオープン記念展覧会「NEW Days」
会期:2025年6月1日~7月20日
会場:Art Center NEW
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい 5-1 新高島駅地下1階
開館時間:12:00~20:00
休館日:水木
料金:一般1000円 / 大学生800円 / 高校生以下無料