アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#31

柿渋
― 野村春花

(2015.06.05公開)

ものづくりのアイデアが生まれるきっかけは人それぞれだが、私の場合素材がヒントをくれることが多い。私は、<haru nomura>というブランド名で、草木染めのかばんを制作している。草木染めとは、植物の根や皮、木の実などの天然素材で布地を染色する技法である。草木染めの中でも特に「柿渋」は、私のかばんの特徴的な素材になっている。柿渋とは未熟の青い渋柿の果汁を長期間発酵させた、日本古来の伝統的な塗料・染料である。防水、防腐、補強効果を持つため、酒袋、番傘、漁網、漆器、型紙、建築物の塗料として日常的に使われてきた。また民間薬として、火傷、あかぎれ、解毒、高血圧の予防などに効くとして親しまれていた。このように柿渋は、美しいというよりはむしろ実用性が大切にされてきた素材なのである。そんな柿渋という素材を通して、自分のこれまでのものづくりの流れを思い返してみることにする。

2012年初夏、恩師・青木正明先生の主宰する<手染メ屋>の工房で、私は柿渋染と出会った。当時私は、カラフルな植物を好んで草木染めかばんを制作していた。青木先生に柿渋染について質問すると、昔の酒袋を見せてくれた。布に触れたとき、柿渋特有のザラッとした質感に驚いた。艶のある生地は、なめされた革のようだと思った。これまでの草木染めとは異なる深みのある茶褐色、柿渋特有の風合いに一瞬で虜になった。

4月上旬から10月下旬までの雨期を除いたおよそ半年間が、私が柿渋染の仕事をする期間である。なぜなら、柿渋染は天日干しによって発色するからである。積雪のある冬、まだ日差しの優しい春、雨量が多く湿度が高い梅雨は、柿渋染に適さない。柿渋染は、生地を柿渋の液体に浸け、良く絞り、日光が充分に当たる場所に干す作業を1〜2週間繰り返して出来上がる。私は1回の個展にあたって、およそ30mの柿渋の布を染め上げる。布を持ちながら、京都・瓜生山の作業場までの昇り降り、真夏の炎天下での作業はかなりハードだが、日を追う毎に染まっていく布をみると、布に対する愛おしさで乗り越えられる。布にテカリが出るようになったら、新聞紙に包んで蒸す。柿渋特有の匂いは、蒸すことで和らぐ。最後によく洗い、ようやく布が完成する。仕上がる布の色や風合いは、季節によって変わってくる。真夏の柿渋はギラギラと力強いし、秋の柿渋は赤味が強い。畑仕事をしている祖母に話したら、畑の仕事をしているみたいだねと笑われた。自身でも、布の畑を育てているようだと思う。これまでは意識しなかった「ものづくりと季節の関係」を柿渋は教えてくれた。

また柿渋という素材は、私のブランドの核となる「使用者とものづくりの関係」という考え方も導いてくれた。<haru nomura>では、かばんを購入してくださったお客様のことを「里親」と呼ぶ。私が生み出したものを、育ててくれる方に手渡して「使う人と一緒につくるものづくりをしたい」という思いを込めている。里親との関係を考えるようになったのは、柿渋がきっかけである。柿渋染は使うことで、生地に風合いが出てくる。かばんを販売していくにつれて、里親の方が「こんな風に味が出てきました! このように使っています!」という経過報告をしてくださることが増えた。その人の持ち方の癖や、使用方法で、販売時はパリッと堅かった柿渋生地が、肌に馴染んで柔らかくなっていたり、ダメージジーンズのようなクラッシュ模様が描かれていたりした。どのかばんも、私が販売した当時よりも使用されてクタクタになった方が、ずっと魅力的に映った。そして私は、かばんの完成は「販売」で終わりではなく「販売したものが人の手に渡ったその先」にあることに気づき、里親と一緒にかばんを育てていくためにサポートをしていく必要性を感じた。
そうした実感をもとに、2014年に「かばんの健康診断」というプロジェクトを始めた。15ヵ月前に人の手に渡った40個の「育てるしかく」シリーズのかばんのうち、10点を集め、使用者の方にこ協力いただき、「かばんの健康診断」を行った。人間の健康診断と同じように、かばんのカルテに書き込まれたアンケートをもとに、使い手ひとりひとりに合わせて10通りのお直しをして展示した。たとえば、持ち手が弱ってきたかばんには、持ち手の部分だけ刺し子のようにミシンを走らせたり、ポケットを増やしたい人には、ポケットをたくさん縫い付けた。刻まれた痕跡の上に新たな痕跡を施していくことで、使い始めは同じかたちのかばんだったものが、使い手に合わせた個性をもったかばんへと成長した。かばんの里親と共に考え、共につくるという使い手参加型のものづくりは、<haru nomura >にとって大切な柱になっている。

柿渋という素材は、向き合い続けることでいろいろなアイデアをくれる。私は作り手として、これからも素材と触れ合いながら「手で考える」ことを大切にしていきたい。今年も柿渋染の季節がはじまった。毎日、天気予報とにらめっこしながら、布の畑を育てていこうと思う。

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柿渋染め作業の様子。柿渋液に帆布生地を浸し、よく絞る。日光が布全体に当たるように、布を広げる。光を浴び、柿渋の色がだんだん濃く染まっていく。毎日毎日繰り返し、1~2週間かけて染め上げる

野村春花(のむら・はるか)
草木染めかばん作家。1990年長野県生まれ。2013年、自身のかばんブランド<haru nomura>を立ち上げる。「布を育てる」をコンセプトに、柿渋や植物染料を用いて布を一枚一枚手染めし、かばんを制作。使い手を「里親」と呼び、里親と一緒に育てていくかばんを目指し、お直しに力をいれている。個展での展示販売をメインに作品を発表。主な個展に、「haru nomura」恵文社一乗寺店ギャラリーアンフェール(京都、2014年)、「おおきなかばん」idギャラリー(京都、2014年)、グループ展に「RADICAL SHOW 2013」渋谷ヒカリエ(東京、2013)など。現在、京都造形大術大学大学院博士課程に在学中。
http://haruka-nomura.info