アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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糸鋸とトング
― maimai

(2023.09.05公開)

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私は料理人と金工作家、二足の草鞋を履いている。
元々器用な方ではないので、どちらも仕上がりは完璧ではない、少し気の抜けたものを作っている。
それでも寛大なお客様達は喜んでくれているのでとても感謝している。

アルバイトを転々として生活していた19歳の時、週に一度のペースで「彫金工房鷲尾」に通いはじめ、銀でアクセサリーを作ることを覚えた。
33歳の時に「吉田屋料理店」で働きはじめ、料理を覚えた。

仕事の合間に作ったアクセサリーの個展を開き、お世話になっているギャラリーのレセプションパーティーのケータリングなんかもしたりしてきた。
吉田屋料理店の女将が同じ彫金工房の先輩ということもあり、女将が作ったカトラリーを見ているうちに、自分でも真鍮でカトラリーの制作をするようになる。

45歳の時、吉田屋料理店が閉店。
独立して小さな料理店兼工房を47歳の時にオープン。
必要に駆られて、お店のランプシェード、ドアの取手、看板文字、ポスト、カトラリー等を真鍮で制作。
自分のお店を持ったことによって、料理と金工ごちゃ混ぜチャンプル状態がとてもいい感じに、全てがすっぽり収まった。

炙り蒸し豚と奄美のソテツ味噌

炙り蒸し豚と奄美のソテツ味噌

お客様に出来上がった料理と共に添えるスプーンやトング。
どちらも自分が作ったモノ。
お客様にこのスプーンかわいい! などと言われたら、私が作ったスプーンなんです、と自慢げに説明したりする。
びっくりされたりして、そんな時はとても気持ちが良い。
自分で料理を作るから、こんなのがあれば便利かもとヒントも得られるので一石二鳥。
料理と金工、一見するとかけ離れていそうだが、そうでもないのかもしれない。
お店で使っていて特にお気に入りなのがトング、長すぎず持ちやすく、挟む部分を家型に切り抜いてあるので、見た目にもクスッとして愛らしい。
ケータリングの時にも料理の取り分け用として大活躍。

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そして私の金工作品制作に欠かせないのは、糸鋸に金槌、そしていろんな形のやすり達。
とても細い繊細な糸鋸の刃で硬い真鍮の板をガンガン切っていく。それを金槌でトントン叩いてヤスリで形を整えて仕上げる。制作工程をざっくり言うとこんな感じ。
特にカトラリー制作の過程の中で、糸鋸を使って切る作業は私の中でかなり重要。刃の劣化具合が関係しているのはわかるのだけど、真鍮のロットにもよるのか、その日の私の体調にもよるのか、刃の入り具合が毎回違う。めっちゃいつまでも切り続けることができる日もあれば、すぐに何本も刃を折ってしまったり、怪我をしたり。そんな時は集中できずに諦めてしまう。

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21歳の頃から自宅でも制作できるようにと、道具を少しずつ揃えていて、糸鋸のフレームはその当時に買ったモノを今でも使っている。数年前にアメリカ製の少し高価で角度を変えたり出来るとても便利な糸鋸フレームを買って使用してはみたものの、結局長年使っている初期号の方がシンプルで使いやすい。糸鋸の刃もやっぱり昔から使っているスイスのバローベ社のモノを長年愛用。数年間生産中止期間があり、違うメーカーのモノを使用する期間があったものの、また生産されるようになり愛用。太さは3/0。板厚に合わせて他の太さの糸鋸の刃も使用するが、かなり厚めの板でも最近はほとんどこの3/0を使っている。とても私と相性が良い。

先に書いた重宝している自作の短めのトング、制作する時にあえてこの長さが使いやすいとデザインしたわけではなく、持っている糸鋸のフレームの懐の長さで決定したのだ。これ以上は切れないギリギリの長さ。糸鋸のおかげで理想的なトングに仕上がった。

私の金工作品の制作はいつもこんな感じ、初めからガチっとデザイン画があるわけでもなく、思いついたモノを道具と相談して作り上げる。
道具達、作品、料理、とても良い三角関係。
初期の道具たちは、かれこれ30年近く私の右腕となってくれている。目まぐるしく変化する時代の流れにも流されずに現役で活躍してくれている。これからもよろしくお願いしますと、この文章を書いていて改めて思う。


maimai

1973年春 京都に生まれる。
2021年冬 京都松原京極商店街に小さな料理店&工房「うちだ」をオープン。

Instagram:@maimainokatachi