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アネモメトリ -風の手帖-

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#69

僧侶として教育者として、子どもを守り個性を育てる
― 那須智美

(2018.08.05公開)

鹿児島県で子どもへの暴力防止のための活動に取り組む那須智美さん。日置市にある明信寺では10年前から僧侶もつとめている。子どもへの暴力とひと口に言っても、体罰や性暴力、いじめなどその内容はさまざま。那須さんはどうやって、それらの暴力を防ごうとしているのだろう。また僧侶をしながら、子どもたちのために活動をしようと考えた理由とは。これまでの経緯を交えながら、子どもに関わることでみえてきた展望を伺った。

鹿児島県日置市にある浄土真宗本願寺派の明信寺

鹿児島県日置市にある浄土真宗本願寺派の明信寺

———那須さんは子どものへの暴力を防止するためにどんなことをしているのでしょうか?

わたしが取り組んでいるのは、CAPというプログラムです。これはアメリカで考案され、Child Assault Prevention(子どもへの暴力防止)の頭文字をとってCAPといいます。
全国の地域にCAPのグループがあって、わたしは鹿児島県薩摩川内市を中心に活動する「せんだいCAP」に所属しています。メンバーは学校の先生がほとんどで、おもに地域の小学校でワークショップを行っています。メインとなるのは、役割劇とかロールプレイと呼ばれる参加型のプログラムです。参加した子どもたちに、「嫌だな」とか「怖いな」と思ったときにどうすればいいのかを体験を通じて学んでもらいます。
例えば、学校の帰りに無理やり友達にかばんを持たされたとします。そのときにどうすればいいのか、みんなで一緒に考えながら、「嫌だ」って言っていいんだよとか、逃げることもできるよとか、あるいは誰かに相談することもできるよって伝えていくんですね。

子どもを守る立場の保護者や教員にもCAPのワークショップを実施

子どもを守る立場の保護者や教員にもCAPのワークショップを実施

———かばんを無理やり持たせるとか、暴力にもいろんなかたちがありますよね。

そうですね。暴力というのはたたいたり蹴ったりするようなことだけじゃなくて性暴力や陰口もそうですし、男女差別、さらにいえば戦争も暴力ですよね。子どもたちの「安心」「自信」「自由」が奪われることをCAPでは暴力と呼んでいます。
そういった暴力を防止するためには、子どもが対処法を学ぶのと同じくらい、周りの大人の取り組みも重要です。暴力を受けた子どもが相談しやすい環境や避難できる場所をつくるのは大人の役目です。そもそも暴力が起こらないようにするためにも、子どもにとって身近な親や教職員の協力は欠かせません。そこでワークショップは保護者や教員にも、子どもとセットで行っています。

荘厳な雰囲気の明信寺の本堂

荘厳な雰囲気の明信寺の本堂

明信寺祭

4月8日の花まつりでは、明信寺の本堂や境内で法要を行う

4月8日の花まつりでは、明信寺の本堂や境内で法要を行う

———僧侶でありながら子どものための活動をするようになったのはなぜですか?

わたしの実家が鹿児島県日置市にある、明信寺というお寺なんですね。明信寺では、わたしの祖父母の代から「認定明信寺こども園」というこども(昔は保育園)も経営しています。10年ほど前からわたしは、明信寺で僧侶としておつとめをさせていただくようになりました。それに「こども園」に併設している学童保育の手伝いもするようになったんです。
子どもに関わる仕事をするなら、ちゃんとした知識を学ぼうと思って、保育士の資格を取ることにしました。わたしの姉も独学で保育士の資格を取ったので、勉強の仕方を教えてもらいました。資格を取ることはできましたが、実際に子どもに関わっていると、テキストで独学した知識だけでは充分じゃないと感じるようになりました。
子どもと関われば関わるほど、「どうして子どもが言うことを聞いてくれないんだろう」「子どもたちにとって居心地がいい環境をつくれていないんじゃないか」といった悩みが出てきました。悶々と行き詰っているような状態が続いていたとき、福岡県に「子どもと保育研究所 ぷろほ」という保育について専門的に学べる場所があるのを知って、2015年に講座を受講しました。

———具体的にどんなことを学んだのでしょうか?

ぷろほでは、保育心理から芸術療法、子どもの権利といったことまで、3ヵ月間のカリキュラムでしっかりと学ぶことができました。中でも衝撃を受けたのが、CAPについての授業だったんです。
CAPの授業では、子どもへの性暴力被害について扱っていました。大人に対してもひどいことですが、子どもにもこんなことが起こるのかって授業中に涙が出るほどショックを受けました。
ほかにも育児放棄とか、虐待とか、目を背けたくなる事例がたくさん出てきました。その授業の先生から、CAPを通じて子どもへの暴力をなくしていくための取り組みをやってみないかとお誘いをいただきました。とてもひどい状況を目の当たりにするかもしれないので、はじめはわたしには無理だと思いました。でも自分が暮らす地域の一員として、子どもを見守っていくために、誰かがやるべきことだと思ってお引き受けしました。
寺に来た子どもたち1

明信寺に来た学童保育の子どもたちは寺の中で遊んだり、外でピクニックをしたり、さまざまなことをして過ごす。そのようすを那須さんを中心とした大人が見守る

明信寺に来た学童保育の子どもたちは寺の中で遊んだり、外でピクニックをしたり、さまざまなことをして過ごす。そのようすを那須さんを中心とした大人が見守る

近隣の寺でも子どもの集まりを開催している。6月には別の寺の子どもたちが明信寺に遊びにきて交流会を行った

近隣の寺でも子どもの集まりを開催している。6月には別の寺の子どもたちが明信寺に遊びにきて交流会を行った

———明信寺でも子どものために何か活動をされていますか?

今はわたしの夫が「こども園」の園長で、学童保育の方も責任者をしています。わたしは今、学童保育をみているわけではないんですが、僧侶として明信寺でのおつとめは続けています。そこに月に1回、学童保育の子どもたちがやってきます。一緒にお経を唱えたり、遊んだりして過ごすということを、明信寺ではわたしが子どものころから続けているんです。わたしが明信寺の僧侶になってから、10年ほどこの行事を担当しています。
お寺にやってきた子どもたちの中には、学校や学童保育にも行きたくないという子がぽつぽつといるんですね。そんなとき、わたしが「お寺においでよ」って声を掛けると来てくれるんです。その子たちは宿題をしたりして過ごしていますが、一緒に何かをするというわけでもないんです。子どもの居場所のひとつとして、学校や学童保育などの他にお寺があってもいいのではないかと思っています。
明信寺の鐘1

夏休みのラジオ体操のあと、明信寺の鐘をつく子どもたち

夏休みのラジオ体操のあと、明信寺の鐘をつく子どもたち

———子どもの居場所としてお寺がいいと思ったのはなぜですか?

ある小学5年生の子が、明信寺の鐘をつきにくることがあります。その子は小学3年生のころから、境内でやっている夏休みのラジオ体操に参加しています。毎回体操が終わってから鐘をついて帰っていたんですが、新学期になっても鐘をつきにきたいと言って、よく来るようになりました。話を聞くと「心がもやもやしたときに鐘をつくとすっきりする」そうです。子どもも何かしら悩みを抱えているんですね。
お寺というのは、ふだん生活している場所とはちがう非日常的な空間ですよね。わたしにとっては日常的な場所ですが、それでも感情を鎮めたり、考えをまとめたり、安らぎが得られると感じます。子どもはもちろん、大人ももっと気軽にお寺に来られるようになったらいいですね。そのための取り組みもやっていきたいと思っています。
子どもたちが生けた花1

明信寺に来た学童保育の子どもたちは、那須さんたちと外で摘んだ花を生けて仏前に供えることも

明信寺に来た学童保育の子どもたちは、那須さんたちと外で摘んだ花を生けて仏前に供えることも

———那須さんが学んできたことの中で、特に自身に影響を与えたものは何だと思いますか?

ぷろほで保育の勉強をしたときに、子どもの発達や発育について専門的に学んだことが大きかったですね。体も心も子どもの成長度合いは千差万別で、ものごとに対する感じ方もさまざまだということがよくわかりました。でもそれを、わたしたちは大人になるとつい忘れてしまいます。教育者も子どもに対して、「みんなで一緒に同じことをしなくちゃいけない」ということ求めてしまいがちです。例えば「みんなで泥遊びをしましょう」というときに、泥を触らない子がいると「なんでできないの」って言ってしまうことがあります。その子にとっては泥の感覚がどうしても苦手だったり、他のことがやりたかったりするのに、「集団生活の中ではみんなと同じことができないと困るよ」という親切心から、強制してしまうんですね。わたしも保育の勉強をする前はそんなところがあって反省しました。
大人の思った通りに誘導されて育った子というのは、それぞれが持っていた価値観とか感性がつぶされてしまいます。CAPの考え方でいうと、「安心」「自信」「自由」が奪われる暴力的なことです。

———一人一人違う子どもたちの感覚を理解してあげることが大事なんですね。

そうですね。子どもはみんな「こうしたい」とか「これは嫌だ」といった思いをちゃんと持っているんです。でもそれを伝えるすべを知らなくて、お友達をたたいてしまったり、大声を出したりしてしまうんですね。その子がどんな感覚が好きなのか、または苦手なのかといったことをわたしたちが探って理解して、大事にすることができれば、どんな子でも楽しく遊んだり学んだりできるようになります。そして子どもが「自分が感じたことは大事にしていいんだ」と思えたほうが、自分の感覚を封印するよりずっと生きやすくなるはずです。
わたしも自分の感覚を封じ込めていた部分があります。いいとか嫌だとか感じている自分をないがしろにして、思ったことを素直に表現せずに生きてきたなあと、保育について学んだことで気がつきました。
実家の明信寺に戻ってくる前、わたしは京都の大きなお寺で働いていたんです。お寺ですが、僧侶というより会社員のような仕事をしていました。あのときは自分の感覚を無視して仕事を頑張りすぎてしまって、体調を崩したんです。それで療養も兼ねて明信寺に帰ってきたという経緯があります。辛いと思ったときにそれを表現できなかったんです。感じていることをうまく伝えられない子どもと同じような悩みを、大人になっても抱えてしまうものなんだと今ならわかります。子どもについて考えることで、自分をかえりみるいい機会にもなりましたね。
シナイ砂漠のキャンプ1

本場でダルブッカを練習するために那須さんが訪れた、エジプトのシナイ砂漠のキャンプ

本場でダルブッカを練習するために那須さんが訪れた、エジプトのシナイ砂漠のキャンプ

———ご自身をかえりみるようになって変わったことはありますか?

「これをやってみたい」という気持ちに素直に向き合うようにしています。かつての自分は、好きなことというより、得意なこととか失敗しないようなことばかりを選んでやってきました。今では失敗を恐れずチャレンジすることが面白いと思えます。
例えばダブッカという太鼓を、8年ほど前から演奏しています。これはトルコやエジプトのあたりで演奏されている手でたたく太鼓です。日置市内でやっていた何かのイベントで、たまたまたたいているところをみて、わたしも太鼓に触れさせてもらいやってみたいと思ったんです。演奏者の先生にお話しして、それから教えてもらうようになりました。
自分のペースで練習をしてコンサートを開いたこともないんですが、先生が演奏する横でたたかせてもらったりしています。シンプルな楽器ですけど、いい音を出すのは難しいんですよ。少しずつうまくなったり、つまずいたりする自分の成長や変化が面白くてずっと続けています。いつかお寺に人を呼んで演奏できたらいいなと思っています。
ブッカに限らず、もっと人がお寺に来られるような機会をつくりたいですね。お寺という場が持つ効果を感じてもらって、多くの人の心の安らぎにつながればうれしいです。

取材・文 大迫知信
2018.06.27 電話にてインタビュー
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那須智美(なす・さとみ)

鹿児島県日置市出身。実家は明治10年から続く浄土真宗本願寺派の明信寺。京都造形芸術大学芸術学部芸術学科芸術学コース卒業後、行信仏教学院で仏教を学び僧侶となる。2004年から4年間、京都の寺で働いた後、明信寺に。僧侶をしながら「認定明信寺こども園」に併設された学童保育で働くようになる。独学で保育士の資格を取得するが、さらに専門的な保育の知識を学ぼうと、2015年に「子どもと保育研究所 ぷろほ」で3ヵ月間の講座を受講。そこで子どもへの暴力を防止するプログラムCAPに出会い、自身もCAPを実施し子どもを守る活動を行うようになる。2018610日に西日本芸術療法学会にて、寺と芸術療法について発表する。寺が持つセラピューティックな場の効果を実感し、子どもをはじめ多くの人が寺に来ることができる取り組みを模索する。


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業後、大阪在住のフリーランスライターとなる。国内
外で取材を行い、経済誌『Forbes JAPAN』や教育専門誌などで記事を執筆。自身の祖母が
つくる料理とエピソードを綴るウェブサイト『おばあめし』を日々更新中
https://obaameshi.com/)。2018年度より京都造形芸術大学非常勤講師。7月23日発売の
月刊誌『SAVVY』9月号より「春夏秋冬おばあめし」を連載中。