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アネモメトリ -風の手帖-

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#55

デザインを通して、ひとがひとらしくあるための食を伝える
― 高久尚子

(2017.06.05公開)

京都産の食材の特徴や栄養、調理法などを問う京都フードマイスター検定。2013年から毎年実施され、京都の食材や食文化の正しい知識を広めてきた。この検定制度の中心となっているのがデザイナーの高久尚子さんだ。「ひとがひとらしくあるための食を伝えること」を理念に活動を続けている。背景には現代社会に広まる食についての問題点があるという。それをデザインを通じて解決する取り組みや手応え、今後の展望について伺った。

京都フードマイスター検定公式テキスト『知っておきたい京都の食材と加工品』。

京都フードマイスター検定公式テキスト『知っておきたい京都の食材と加工品』

京都フードマイスター検定の試験会場の様子。さまざまな世代の受験者が答案に向かう。

京都フードマイスター検定の試験会場の様子。様々な世代の受験者が答案に向かう

———京都フードマイスター検定をはじめた理由を教えてください。

京都産の食材は高級だとか質がいいという認識が全国的にあって、商品に京都の文字があるだけで、ない場合よりも高く売れる傾向があります。食材や料理なども京都と銘打ったものを東京をはじめとする他の地域でも多くみかけます。ところが何が京都なのか線引があいまいで、本物とはいえないものも玉石混淆で氾濫しています。
そこで明確な指標となるものをつくることができないかと思い、京都の食材の特徴や収穫時期、栄養、調理方法などの正しい知識を問う「京都フードマイスター検定」を2013年からはじめました。これに合格すると「京都フードマイスター」に認定され、開発したメニューや食品などに表示することができます。
また希望に応じて合格者同士のマッチングもサポートしています。たとえば食品会社の方が京都を打ち出した新しい商品を企画したとき、食材の生産者を紹介することができます。賀茂茄子とふつうの茄子の栄養の違いについて研究している方に、農家さんをご紹介したこともありました。

———とくに京都では食の分野でどのような問題があると感じますか。

食材や食品の生産者に話をきいていると、それぞれの専門分野についての技術や知識はとても深いのですが、「専門外のことについてはわからない」とおっしゃることが多いんです。それに京都府内でも各地域の外のことになると、わからないそうです。分野や地域を横断する、ひととひと、知識と知識の横のつながりの乏しさを感じます。
京都には「うちにはうちのやりかたがある」という意識が強くあります。それで古くからの伝統を守ってきた面もありますが、正しくないものが氾濫している以上、これからは外にも目を向けなければいけないと思います。わたしは食についての様々な事業に関わっていますが、本業はデザイナーです。伝統は尊重しつつ、古いやりかたにはとらわれないクリエイティブな視点で、健全な食文化を守っていきたいと思っています。

———古いやりかたにとらわれず食文化を守るには何が必要なのでしょうか。

京都には日本でもっとも古い京都中央卸売市場があります。生産者の権利も、生産物の古くからの売り方も守られてきました。市場だけで十分に売れればいいですが、そうもいっていられない状況になっています。とても素晴らしい野菜をつくっている農家さんも多いので、外に目を向けることは成長の機会でもあります。
自ら東京のレストランに卸したりネットで販売している方もいらっしゃいます。ですが、いいものはつくれても新しい方法で売ることに関しては苦手な方が多いんです。そこでパッケージのデザインやネットを含めた販売方法、新しい流通経路の確立など、生産したものをどうアピールしていくかが重要になってきます。つまりデザイン力です。

実家の料理教室にて、パティシエを目指す学生と菓子をつくり試食する高久さん。

実家の料理教室にて、パティシエを目指す学生と菓子をつくり試食する高久さん

———なぜデザインと食を結びつけようと考えたのでしょうか。

わたしの家系はもともと乾物を扱う近江商人がルーツです。祖父は栄養学の研究者をしていました。戦後の貧しい時代に人々の健康を保つため、社会に必要とされていた栄養学の普及に奔走したそうです。
実家は関東で料理教室を営んでいます。何代にも渡って食に携わってきた家系に生まれ、子どもころからわたしは食べることの大切さについて教えられてきました。
大学は京都造形芸術大学の芸術学コースに進学し、美学やデザインについて学びました。そこで美学者の吉岡健二郎先生に出会い、「芸術とは人間らしさの追求」だと教えられました。わたしは自分が育ってきた環境と照らし合わせ、人間らしさとは何だろうと考えるうちに「食はひとが生きていくための尊い営みであり、その地域の文化が凝縮されているもの」と捉えるようになりました。やがてデザイナーとして独立したあとも、デザインを通じて、自然や生産者に感謝する、ひとがひとらしくあるための食を伝えることを第一に考えています。

———高久さんが考える「ひとがあるひとらしくあるための食」について具体的に教えてください。また現在、どのような問題があるのでしょうか。

食べることは生きものにとって最も大切なことですよね。人間は動物みたいにただお腹を満たすだけではありません。各地域の文化が凝縮した料理を口にしています。毎日食べるものは豪華なごちそうである必要はなく、家庭では親が子どもに心を込めて料理をつくる。そして大切なひとと一緒においしくいただく。そうした古来からの営みが大切だと思っています。
ですがその料理をつくって食べるということが、人間らしくない行為になりつつあると感じています。例えば極端なグルメ志向です。外国に古くからある形態の店をただそのまま日本に持ってきても、実態とはかけ離れてしまいます。その土地の気候風土があってこその料理やスタイルを真似してみても、根底にあるものを伝えることはできません。スペインやイタリアのようでおしゃれだからと日本で流行ってもやがて廃れてしまいます。それは食というよりファッションです。
市販の食品も商業化・工業化されすぎて、利益を優先することが当たり前のようになってきています。たしかに人気のキャラクターを食品のパッケージにデザインすれば売れるかもしれません。でもそれは食べものの本質とはかけ離れてますよね。
パッケージデザイン_アイスクリームパッケージデザイン_キャンディ

高久さんがデザインした商品のパッケージ。上からアイスクリーム、キャンディ、クッキー。

高久さんがデザインした商品のパッケージ。上からアイスクリーム、キャンディ、クッキー

———その食に関する問題に高久さんはデザイナーとしてどのように向き合っているのでしょうか。

もちろん利益を出すことも重要ですが、そのためだけにデザインをするのは、とくに食の分野では間違っていると思います。ですが世の中の大きな流れは、売ることばかりを考える方向に進んでいます。デザイナーがそれを加速させているんです。
食品の生まれた地域や味の良さを伝えることを重視して、わたしはデザインをしています。そうした食材の特徴をうまく表すことができれば、安易な商業主義に走らなくても販売数も多くなり、デザインを依頼したお客さんも満足してくれます。そのことを広め、新しい流れをつくっていきたいです。
公式テキスト麸とゆば公式テキスト茶と菓子

キャプション:加工品やお茶、海産物などの京都の食材。『知っておきたい京都の食材と加工品』より。

加工品やお茶、海産物などの京都の食材。『知っておきたい京都の食材と加工品』より

 ———全国と比較して、京都の食文化はどのような状態なのでしょうか。

京都は伝統的な食文化が残っているほうだと思います。他の地域と比較して、肉も魚も生産量は少なく、あまりものがとれない場所なんです。その割に人口は多いので、保存する技術、保存食の技術が発達してきました。昔は戦乱も多く、そこで暮らしているひとたちは自分のところで食べものを蓄えておきたい気持ちが強かったのだと思います。そうした理由から漬けものや佃煮や塩干物など独自の加工品が発達してきました。
加工食品の会社も大きなところは少なく、家族経営でやっているところが多いですね。職人の街と呼ばれる京都らしく、高い品質を保ちながら、食でも手づくりであることが大切にされていて、大規模に工業化されていない状態が保てているんです。そうした食品に対するリスペクトの気持ちも広げていきたいです。

漁協から講師を招いたセミナーの様子。丹後とり貝の説明中。

漁協から講師を招いたセミナーの様子。丹後とり貝の説明中

濃茶の実演と試食2

キャプション:表千家の講師による濃茶の実演。講演の参加者は、薄茶とは異なる飲み方の作法と味を体験できる。

表千家の講師による濃茶の実演。講演の参加者は、薄茶とは異なる飲み方の作法と味を体験できる

———「食に対するリスペクトの気持ち」を広げるために現在、高久さんが行っている活動を教えてください。

例えば、食にまつわるコンサルティングを行っています。地元の食材を使ったメニューを考えたり、その食材について教える紙芝居をつくったり、昼休みに庭に出てビュッフェ形式で食べるといったイベントも提案しています。紙芝居はもちろん、テーブルのコーディネートもデザイナーとしての仕事です。見た目の色合いだけではなく、食器に焼きものを使うなど、地域の食文化やさらにおいしく食べられる工夫を盛り込んでいます。
また講演の企画・運営も手がけています。講師は古くから続く京野菜の農家や、丹後の漁業協同組合、茶道の表千家など食に関する各分野からエキスパートの方をお呼びして、実演を織り交ぜたお話をしていただきます。実演は濃茶が好評です。通常の茶席での薄茶は経験された方は多いですが、参加者が茶碗を回し飲みする濃茶はなかなか貴重な経験です。他人が口をつけた茶碗で飲むので、最近は衛生的なことを考えて敬遠されがちですが、実際にやってみると場に一体感が生まれます。初対面の参加者同士でも盛り上がり、和やかな気持ちになります。京都の方でもほとんどがはじめてで、薄茶にはない雰囲気と深みのある味わいに驚かれます。

キャプション:調味料となる植物を摘んで試食する食育を企画し、ビニールハウスを視察する高久さん。

調味料となる植物を摘んで試食する食育を企画し、ビニールハウスを視察する高久さん

———健全な食への理解を深める「食育」が国でも推進されています。大人でも効果はあると思われますか。

食育は大人も子どもも必要なものだと思います。年齢に関係なく、ひとがひとらしく生きていくために食と向き合うという姿勢はとても大事です。学校給食などを通じて子どもに働きかけることも忘れてはいけませんが、意外と大人のほうが効果が出やすいという実感があります。忙しく働く大人は、食べることをおろそかにしていたり、外食で過度に贅沢をしていたりします。そうした実感を持っているひとが少なくないようで、大人のほうが食への感心が高く伝わりやすいように感じます。

———今後の目標について教えてください。

生まれは東京ですが、奥深い文化に憧れて京都の大学に進学してから、今までこの地で暮らしてきました。もちろん京都は好きですが、京都だけにこだわっているわけではありません。それぞれの地域の食の良さを広めていきたいと思っています。
今後は、京都とは別の地域で、フードマイスター検定を実施していこうと考えています。そのために社団法人を立ち上げる予定です。株式会社にすると利益を上げることがメインになってしまうので、幅広く食育をやっていくなら会社という枠を抜けたほうが活動の場を広げやすいんです。利益は別のところで確保しながら、この事業では自ら、利益ばかりを追求する流れから外れて活動しようと思います。

取材・文 大迫知信
2017.04.26 スペインで食のコンサルを行う高久さんとオンライン通話にてインタビュー
Re_profile和服

高久尚子(たかく・なおこ)

フードライセンスジャパン株式会社 代表取締役
有限会社高久デザイン事務所 代表取締役
1997 京都造形芸術大学の芸術学コースを卒業。広告制作会社に入社し電通博報堂などの広告デザインを経た後、2005年にデザイン事務所を設立。かねてよりライフワークとしていた「食」をテーマに京都の生産者や飲食店などのデザイン制作を手がける他、フードライセンスジャパン株式会社を設立し、食育を通して京都の食の普及活動に務める。


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

大阪工業大学大学院電気電子工学専攻を修了し、沖縄電力に勤務。その後、京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業。現在は教育や文化、環境などの分野で、拠点の関西から海外まで広い範囲でライターとして活動する。
自身の祖母のつくる料理とエピソードを綴るウェブサイト「おばあめし」を日々更新中。
https://obaameshi.com/