(2026.03.08公開)
長野県茅野市で55年続く「今井書店」2代目店主・髙村志保さんは、月刊絵本『こどものとも』を約2000冊、地域の保育園・幼稚園に配達している。絵本の喜びを伝える講演や執筆にも精力的な、文字通り絵本の魅力を「届ける」人だ。
優れた絵本には必ず、子どもが身を置くことができる「余白」があると言う髙村さん。そして、絵本によって育つ子どもの想像力は、大人の力にかかっているとも。
今回は、髙村さん自身の絵本の記憶を辿りながら、子どもたちに届けたい「美しい物語」について伺った。

今井書店。茅野駅東口から徒歩3分

髙村さんの選書が光る絵本コーナー。髙村さんに会いに訪れるお客さんも多い
———まずは、今井書店についてご紹介いただけますか。
うちは30坪ほどの、小さな普通の本屋です。普通と違うところがあるなら、毎月約2000人の子どもたちに、福音館書店の月刊絵本『こどものとも』を届けているところでしょうか。他にも、市役所に本を配達に行ったり、幼稚園や保育園に本をご紹介に行ったりすることも多いですね。店内には漫画雑誌から辞書まで幅広くありますが、特に絵本の量はありますし、内容にはすごくこだわって置いています。

『こどものとも 2026年4月号 まゆとてんぐ やまんばのむすめ まゆのおはなし』
文:富安陽子、絵:降矢なな
福音館書店
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『こどものとも』は月額500円(2026年4月改訂時)で毎月絵本が届く月刊絵本。保育園・幼稚園単位で契約し、各市町村の担当書店が配達をする

髙村志保さん(左)。保育園や幼稚園に絵本を紹介
———髙村さんは京都芸術短期大学(現:京都芸術大学)のご出身です。学生時代はどんなことをされていたのですか。
美学美術史科で、長谷川等伯の障壁画や障屏画の研究をしていました。等伯の松林図は余白の美学が最も表れているものですが、絵本も結局、余白美の世界だと思っています。後から思えば、余白の美学に小さい頃から親しんできたからこそ、等伯に向き合ったのだと思っていますし、今現在の私にも繋がっています。
———絵本の魅力を届けることがライフワークとなっている髙村さんですが、かつては「本屋にだけはならない」と思われていたそうですね。
両親を見て、こんなに大変な仕事には絶対つかない! と思っていたので、継ぐ気は全くなかったですね。大学を卒業して、就職をして、そうこうしているうちに結婚して。これでもう私は京都の人間になったと、そう思った矢先、連れ合いが私になんの相談もなく茅野に行くと言い出しまして、実家に帰ることになったんです。今でも自分が本屋をしているのが謎だと思うことがよくありますよ(笑)。

『ねずみ女房』
作:ルーマー・ゴッデン、訳:石井桃子、画:ウィリアム・ペーヌ・デュボア
福音館書店
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髙村さんが茅野市に戻り書店を継ぐ頃に出会い、衝撃を受けたという児童書。
「家の外へ出られない家ねずみに、人生が思うようにならない自身の歯痒さを重ねました。『女房もの』には、どれも当時の女性の人生が投影して描かれますが、今を生きる女性も物語という世界に生きているのかな、と思ったりします」

『つるにょうぼう』
再話:矢川澄子、画:赤羽末吉
福音館書店
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髙村さんが「これほどまでに子どもが絵を深く読むことができる絵本もない」と称賛する本作は、「絵を読む」絵本の真髄を感じられる一冊
———子どもの読む本は児童書や漫画もありますが、絵本ならではの魅力は何でしょうか。
絵本を読むとき、子どもたちは絵を読みます。字は読まないんですね。それが他の本とは違うところでしょうか。絵を読むことによって想像力や創造力が喚起されていきます。
絵本にしても、児童書にしても、余白がないものは駄目だと思っています。余白があって、そこに身を置くことができることが絵本の魅力。子どもたちには身の置き場のある本を読んでもらいたいんです。

『くだもの』
作:平山和子
福音館書店
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端正に描かれた果物が次々に登場し、食べやすい形に切られて「さあ どうぞ」と差し出される。シンプルな構成ながら、瑞々しい魅力をもつ絵本
———髙村さんは『くだもの』をご紹介されたエッセイの中で、「想像力が伸びるか伸びないか、それはもう、置かれた環境でしかない。周りの大人にかかってくる」と書かれています。
『くだもの』に描かれたぶどうが絵であることは、私たちと同じように1歳、2歳の子だって分かるんです。なのに、それを摘んで食べようとする。すごいじゃないですか? しかも、「おいしい」って言うんです! その想像力をどんどん伸ばしてあげられるかは、置かれた環境次第で変わってきます。私たち、関わる大人の力が大事なんです。

『いたずら きかんしゃ ちゅう ちゅう』
文・絵:バージニア・リー・バートン 、訳:むらおかはなこ
福音館書店
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高村さんはこの本を、自分の基本に帰って来れる絵本だと挙げる。「美しい物語に触れた原体験としての一冊です」
———髙村さんも『いたずら きかんしゃ ちゅう ちゅう』 に描かれる白黒の絵に色を見ていたとか。
『いたずら きかんしゃ ちゅう ちゅう』 が白黒の絵本だという認識が、大人になっても皆無でしたね。お店でお客さんにこの本をおすすめした時、「あらやだ、白黒じゃない」と言われて衝撃を受けたんです。
「絵本は色がはっきりしたしたものがいい、線は太い方がいい」という風に思われている方は多いです。でも、子どもは大人が考えるよりずっと多くのものをそこに見ています。絵本に対してのこだわりは、実は大人の方が強いかもしれません。大人の固定概念を外すことも私の仕事です。
———「美しい物語」という表現をよくされますが、物語の美しさをどこに見出していますか。
ページの中にしかもちろん絵は描かれていないんだけれど、わーっと世界がどんどん大きく外側に広がっていくような、そんな物語を美しいと思います。これもやはり「余白」ですね。
ただ、美しい本は必ず売れっ子になるわけではありません。よっぽど書店員が見込んで売らなければ、多くは届かないものでもあるんです。

『の』
作:junaida
福音館書店
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圧倒的な緻密さで独自の幻想的風景を描くjunaida氏の一冊。髙村さん曰く「ページをめくるたびに展開していく世界はその完璧さに恐怖さえ抱く」ほどの完成度
———絵本は読み聞かせと共にあります。髙村さんは読み聞かせでどんなことを意識されますか。
読み聞かせの時には、子どもに大人の感情を絶対に押し付けないと決めています。自分がこの絵本がすごい好きだから、感動したから、あなたも感動して、というつもりでは絶対読みません。感情を交えずに淡々と読みます。感情を込めたり、抑揚をつけて読んだりすると、子どもたちは読み手を見ちゃうんです。あれ、いつもと違うぞ? と本から意識が逸れてしまう。子どもたちって本当に素直で、受け取る力がすごいので。
———読み聞かせは感情を込めてするものだと思い込んでいました。大人が思う以上に、子どもたちは絵本から色々なものを受け取っていく。絵本を読んであげることは決して軽いことではないですよね。
そうです、本当に大事ですよ。大きくなってから、後からはもう戻れないですからね。小学校に上がるまでの、まだなにも完成されていない時期に、体にどんどん物語を入れていってあげることが大事です。特に、ハッピーエンドの物語をたくさん読んであげてください。最後はハッピーエンドで、絶対大丈夫なんだという感覚をその時期の子どもたちに体の中に培ってもらいたい。怖いことや悲しいことはまだ大丈夫。これから現実で必ず経験するんですから。

『おやすみなさい フランシス』
文:ラッセル・ホーバン 、絵:ガース・ウイリアムズ 、訳:まつおかきょうこ
福音館書店
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髙村さんにとって、お父さんとの記憶を強く想起させてくれる特別な一冊。「本を開くと、今でも若い頃の父の声が聞こえてきます」
———最近では、大人が自分のために絵本を選ぶことも多いです。絵本は大人にとってはどういう存在でしょうか。
私、本当は「大人は大人の本を読んで」と言う人間なんです。でも、大人の本が読めない、普通の単行本や文庫本が読めないくらいしんどい人もいると思います。だったら、絵本でいいよって思うし、絵本はあなたの帰ってくる場所だし、絵本の中に入ったらあなたは一人じゃないからね、という、そういう存在であってもらいたい。絵本は本当にしんどい時に身を置ける場所だと思うので。
———贈り物として絵本を選ぶ機会もあります。ただ、ハードルを感じてしまって。
難しいですよね。2歳くらいまでだと「ものの絵本3つから」と言って、「たべもの・のりもの・いきもの」が鉄板だという話もするんですけれど、結局、自分が好きになれないものだったら楽しくないじゃないですか? だから、贈り手の好きなものを贈るのが一番です。選んだものがヒットしないかもしれない、と心配しますよね。でも、それは今ヒットしないだけかもしれないですよ。1ヵ月後に大ヒットするかもしれないし、お母さんに大ヒットするかもしれないし、何年か経ったらすごく宝物になるかもしれません。
———そう聞くと少し気持ちが楽になって、選ぶのが楽しくなりそうです。
子どもが選ぶ本、親が選ぶ本、贈り物で貰う本、趣味はてんでバラバラでしょうけれど、全部がその子の想像力を支える柱になると思います。柱はたくさんあった方がいいですよ。いろんな本を選んでくれる人がいていいんです。だから、好きなものを選ぶのがいいと思うけれど、どうせ選ぶなら「百年残るようないい本を選んでください」とお伝えしたいですね。
ただ、自分の感覚だけだとどうしても選ぶものは偏ります。それだとせっかくの子どもの想像力も偏ってしまう。私が毎月届けている『こどものとも』のいいところは、自分で選べない本が毎月届くところ。それを柱のひとつにどうですか、という話をしています。

『こどものとも』のコーナー
———お仕事で最もやりがい、喜びを感じる瞬間はどんなときですか。また、課題もありますか。
1人でも多くの子どもたちに『こどものとも』を届けることが私の仕事だと思っていますけれど、やっぱり大人を納得させないと届かないものなので、私の話を受け入れていただけたときはすごくうれしいです。
担当地域では現在、たくさんのご家庭に『こどものとも』を届けることができていますが、本当は全員に届けたいんです。でも、全員には届けられていないことが苦しいです。
私がいいと思った本が売れないときも、すっごく嫌ですよね。すっごく腹立つし、全国の書店の児童書担当はもっと勉強して! と思うし、 なかなか思うようにいかないんだけれど、でも、諦めたらおしまい。諦めてやめるのは簡単だから。いつでもやめられる、でもやめないというのがここ何年かの私です。
———お話を伺って、絵本との距離がぐっと近くなったように感じます。子どもたちが美しい物語に触れる機会を、私も大人として支えていきたいと思いました。最後に今後の展望をお聞かせいただけますか。
本屋は続けていかなきゃいけないのかな(笑)。皆さんから、本屋は天職ですよと言われるけれど、自分ではまだそうは思っていなくて、いまだに迷いの中にいながらやっているんですけれど。
今の目標としては、いずれ絵本を出したいんです。多分大人向けの絵本になるんですけれど。早く出して自分の気持ちの整理をつけたいなと思います。これからも変わらず本屋をやりながら文章を書いていきたいですね。
取材・文 辻 諒平
2026.02.07 オンライン通話にてインタビュー

髙村志保(たかむら・しほ)
1967年、茅野市生まれ。「今井書店」店主。
斎藤惇夫さんから贈られた言葉「静かにゆく者は遠くへゆく」を胸に、本を売り、届け、絵本の喜びについて講演する日々を送る。
著書に『絵本のなかへ帰る 完全版』『絵本をあなたに贈る』。

『絵本のなかへ帰る 完全版』
著:髙村志保、装画:きくちちき
夏葉社
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甘やかなひととき、痛切な別れ、人生の端々で、幼少期の絵本体験が思い出されていく。両親との記憶を辿りながら、31冊の絵本を紹介するエッセイ集。初版1500部の完売を受け、2022年12月に書き下ろし4編を加えた完全版として刊行

『絵本をあなたに贈る』
著:髙村志保、装画・挿画:牡丹靖佳
河出書房新社
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好奇心という光に照らされた、髙村さんの日常が綴られた2冊目のエッセイ集。「絵本の紹介から少し飛び出して、大人の読み物として書きました。55歳を過ぎても、日々新しい世界に出会えるんだよ、というテーマを込めています」
ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)
アネモメトリ編集員・ライター。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。


