アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#146

伝統の知恵を日常に写して。「動く村」のつくりかた
― 李偉坤

(2025.01.12公開)

まちの風景に、不思議な動きをしている男性の姿が。どうやら、歩く、座る、走るといった日常動作の中に、こんにゃくづくり、泥染め、和紙づくりといった、日本各地の伝統産業に関連する動きをかけ合わせている。これらは、2022年に京都芸術大学大学院(文化創生領域地域文化デザイン分野)を修了した李偉坤(リ・イコン)さんのパフォーマンス作品「動く村」の一部だ。ユーモラスな動きを入り口に、この作品を通して日本の伝統文化がもつ多彩な知恵を知ってもらいたいという。今回は李さんに、故郷である中国四川省を離れ、コロナ禍と共にあった学生生活の中、どのように作品をつくり上げていったのかを伺っていく。「動く村」は、李さんの境遇とパンデミックのなかで生まれた、独自の視点で写された文化と時代の記録であった。

「動く村」はしりはしり03・叩解(こうかい)はしり
昔ながらの和紙づくりでは、原料の楮(こうぞ)を煮た後、植物の繊維組織を解すために棒で叩いていた。これを叩解という。現在この作業は機械に取って代わられている。両手を握って、膝を少し曲げて、走り出したら手は空気を叩くように

《食卓の上にある身体の記念物》 「SPURT2021」での展示風景

《食卓の上にある身体の記念物》
京都芸術大学大学院修士2回生展「SPURT2021」での展示風景

———修了制作「動く村」について聞く前に、まずはその前身にあたる作品《食卓の上にある身体の記念物》から聞いていきます。これは、京都芸術大学大学院修士2回生展「SPURT2021」にて発表された作品ですね。

この作品は、古くからの常民文化を研究したことから生まれた作品です。例えば、稲作、こんにゃくのつくり方、鰻の開き方、魚の獲り方、椀への漆の塗り方といった、機械がない時代に昔の人たちがどうやって自分の身体を使ってものづくりをしていたのかを研究して、それらの身体の動きを自分で演じ、インスタレーションとして展覧しました。前に張られた薄い布に映像が流れますが、映像の奥にはテーブルと、お腕やお皿を実際にセッティングしました。
食卓の上にある食器や食べ物をつくるための身体の使い方を再現したパフォーマンスが、食卓と重なりながら映し出されます。なんでも機械に頼っている現代において、昔ながらの人間の身体の知恵を見出す試みです。

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《食卓の上にある身体の記念物》

《食卓の上にある身体の記念物》

———作品の着想はどこからでしょうか。元々身体表現や日本の伝統文化に興味があったのですか?

実は大学院に入るまでの2年間は東京で舞台俳優としてミュージカルや演劇をしていて、元々身体表現には興味があったんです。中国の大学での専門は造園で、世界の庭づくりの歴史を勉強していました。中でも日本の造園の小さく洗練された考え方が好きで、特に京都の庭が好きだったんです。大学院に入学した頃はそうした研究をしていこうと思っていたのですが、「かめおか霧の芸術祭」などの芸術祭に参加していくなかで京都の地域文化に触れ、だんだんとそちらに興味が移っていきました。ただ、こうした作品をつくることになった一番のきっかけはコロナ禍です。どこにも行けないまま、ずっとコンピュータの前で仕事をしていましたよね。現代では私達の身体は全然使われていなくて、みんな自分の身体の可能性がますますわからなくなっているんじゃないかな、こんな状況の今だからこそ身体を使った作品をつくりたいと思ったんです。
昔の人たちはどうやって自分の身体を使っていたのだろうか、ということにすごく興味が湧いて。最初は亀岡の保津川下りの取材に行って、それから稲作をされている村民の方々やこんにゃくづくりをされている皆さんとコミュニケーションをしながら映像を撮って、その映像を元に作品をつくっていきました。

保津川下り 5.29.08

亀岡の保津川下り

———コロナ禍の中、慣れない土地での実地取材は大変だったと思います。

連絡方法もないので、事前に相手に連絡することはほぼなくて、突撃というか、もう行くしかないという感じで(笑)。地域の伝統産業を扱ったお祭りが各地にあるので、そのタイミングで行って取材をすることもありますし、九州の奄美大島に行ったときは、泥染めの博物館で実際に泥染を見せてもらいながらお話を聞いたり、取材方法はいろいろです。
「SPURT展」はコロナ禍の2年目で、その頃にはずいぶんとどこにでもいけるようになっていましたから、京都以外にも、3つの地域でフィールドワークをしました。奄美大島では他にも、泥染めを用いた伝統工芸である大島紬(おおしまつむぎ)の工房を取材したり、静岡では漁業を、瀬戸内海の小豆島では素麺のつくり方を取材しました。作品で扱っている伝統産業の80%くらいは実際に取材に行きましたよ。

奄美大島の泥染工房

奄美大島の泥染め工房

奄美大島の泥染を用いた織物、大島紬(おおしまつむぎ)の工房

奄美大島の大島紬(おおしまつむぎ)の工房

———《食卓の上にある身体の記念物》は、修了制作の「動く村」に展開されていったわけですが、「動く村」はどういったコンセプトなんですか。

「動く村」は、「日本の昔ながらの身体の動きが集まっている村」をコンセプトにして名付けました。私が村長です。カテゴリーは4つで、「あるき」「はしり」「すわり」、そして街中のいろんな場所で、昔ながらの身体の動きを使って遊んでみる「あそびシティ」の4つです。歩く、座るといった日常生活の中で誰もがしている身体の使い方と、昔の身体の使い方を組み合わせることができないかな、という実験作品です。当時住んでいた左京区を中心に撮影しています。

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《動く村》 京都芸術大学大学院修了展での展示風景

「動く村」
「2021年度 京都芸術大学大学院修了展」での展示風景

「動く村」あるきあるき03・こんにゃくの灰汁(あく)混ぜあるき
昔ながらのこんにゃくづくりでは、こんにゃく芋を湯で煮た後、凝固させるために灰汁を入れて棒で混ぜる。こんにゃく芋のえぐみを取り除く知恵である。
両手を握って、灰汁を混ぜるように手は円を描きながら歩く。体も手に従って回す

「動く村」すわりすわり01・泥染めすわり
泥染めは奄美大島だけで行われている天然の染色方法。糸を車輪梅(しゃりんばい)の染料で染めた後、泥田の中で85回以上繰り返し染色する。車輪梅の染料に含まれるタンニンと、奄美の土壌に含まれる鉄分の化学反応によって渋い黒色に染まる。
家の中で、川沿いのベンチで、両手を染料の中の布を振るように、色んな方向に何度も動かす

指導教員の服部茂樹先生からいろいろな地域の伝統文化についておすすめいただいて、リサーチをしていきました。服部先生が代表をされているgrafの取り組みである「小豆島カタチラボ」の中に、小豆島のそうめんの製造工程を体操にした「そうめん体操」という作品があるのですが、研究したことを使ってどのようなパフォーマンスにしていくのか、「動く村」をつくっていく上で大きなヒントになりました。

「動く村」
あそびシティ05・都市の穴掻き
漆掻きは漆の木から漆汁(うるしじゅう)を採る仕事。成育した漆の木の幹に掻き鎌で切れ目をつけ、滲み出る漆汁を竹べらでこそげ取り容器に溜めていく。
道路や壁に見られる人工的な切れ目や穴から、都市の漆を採集してみる

———「動く村」での各地のリサーチで特に印象的だった日本の伝統文化はありますか?

特に印象的だったのは、東北に取材に行った時に出会った漆掻きの技術ですね。漆掻きは漆の木に掻き鎌と呼ばれる道具で傷をつけ、木から滲み出てくる漆汁を採取する伝統技術です。中国四川も漆の大きな産地ですが、日本の漆掻きの技法は中国の漆掻きとは全く違うんです。四川では、かつて日本でも行われていた「養生掻き」と呼ばれる、何年もかけて1本の漆の木から少しずつ漆を採取する掻き方をします。一方日本では「殺し掻き」と呼ばれる掻き方が主で、4ヵ月ほどの期間で1本の木から木が枯れるまで漆を採り尽くして伐採し、10年かけて次の木を育てていきます。どちらがいい、悪い、という話ではないと思いますが、日本の方法では中国よりも短い期間でより多くの漆を採ることが出来ます。中国と日本を比べてみることで、日本ならではの知恵を見出すことができました。
四川は海がありませんから漁業といえば川になりますが、海洋国家の日本では様々な地域で異なった伝統漁法が発展していて面白いです。有明海の「むつかけ漁」は、干潮時に干潟で活動するムツゴロウを狙って、直接針を引っ掛けて捕る伝統漁法ですが、これは驚きました。また、琵琶湖の伝統漁法「追い叉手漁(おいさでりょう)」では、烏の羽根を束ねて竿先に結び、水中の鮎の群れを脅して追い、叉手網で一網打尽に掬い上げます。彼らは異なる地理的環境や捕獲対象の魚の種類に応じて、たくさんの身体の使い方を生み出してきました。作品では動きに焦点を当てていますけれど、身体の動作そのものがおもしろいというよりは、それらの動作の背後にある文化的な特徴こそが本当に興味深いものです。

「動く村」
すわりすわり02・保津川下りすわり

———リサーチから具体的にどう映像に落とし込んでいくのでしょう。映像作品として意識しているポイントは?

まず、伝統文化における身体の使い方を見つけ出し、それに対応する、動作の類似を現代の生活様式の中から探していきます。動作の創作においては、人々に覚えられやすいよう簡単かつ繰り返しにすることを意識しています。映像はあまり長くない方がいいですね。現代人の映像鑑賞習慣に合わせて、より短くシンプルな内容にしています。
「すわり」シリーズのひとつに、亀岡で撮影した「保津川下り」の記録を元に、電車の中で保津川下りのアクションをする作品があります。保津川下りは丹波の豊かな木材、薪炭、農産物、それに人々を京都、大阪に運ぶ大切な水運でしたが、鉄道が開通してからは役割を取って代わられていきました。このパフォーマンスでは、昔の交通手段である船漕ぎと、今の交通手段である電車での移動を重ねているんです。

———だから電車やバスの中なんですね。そう聞くと、現代の風景とかつての風景が李さんを介して重なっているようにも見えてきます。

1人で撮影していましたから、電車の座席の対面に機材を置いて、大変でしたよ。周りに人もいて恥ずかしかった……(笑)。最終的な動画では短い時間しか撮っていないように見えますが、実は電車で移動している間中、30分くらいずっとアクションをしています。隣の人の反応も全部撮りました。「動く村」の中ではこのパフォーマンスが一番よくできていると思いますね。気に入っています。

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現在、李さんは四川に戻り、地域文化を紹介するイベントを手がける

———「動く村」は李さんの境遇と当時の社会の状況でこそ生まれた、李さんならではの日本の伝統文化への視点、写し方だと思いました。最後に、大学院での経験は今のご自身にどのように活きていますか。

今は四川のクリエイティブメディアに勤めていて、四川の文化を発信する仕事をしています。主に中国のSNSのWeChatを使って地域のお祭りやものづくりやお店の紹介をしたり、マルシェなどのイベントを企画することも多いです。文章を書いたり、写真やビデオも撮りますし、なんでもやります。学生時代に学んだフィールドワークの方法、地域の方々と交流した経験は、今の自分の仕事に本当に活かせていると思いますね。これからも四川の地域文化の発信を続けていければと思います。
今は作品制作をしているわけではないのですが、中国版の「動く村」をまた展開してみたいという気持ちもあります。けれど、中国となると数がありすぎてしまって、まだまだ調べられていないので、それはこれからの目標ですね。

取材・文 辻 諒平
2024.12.06 オンライン通話にてインタビュー

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 李偉坤(リ・イコン)

四川省成都出身。現在はクリエイティブ業界で地域文化を発信していく仕事に従事。自分のアイデアを通じて故郷の地域的な特色を世界中に紹介している。自分自身の身体を感じることが大好きで、今後、仕事の余暇を利用して、もっと身体性のあるアート作品を創作したいと思っている。


ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)

アネモメトリ編集員・ライター。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。