オーストリアと聞いて、どんなことを思い浮かべるでしょうか? 「音楽の都」というイメージを持つ方は多いと思いますが、街の様子やそこに住む人々について具体的な印象を持っている方はそれほど多くないのではないかと思います。
オーストリアはかつてハプスブルク家のお膝元としてヨーロッパに大きな影響を及ぼした強国でした。あのマリー・アントワネットもハプスブルク家の出身です。そんなかつての大国オーストリアは、様々な民族が暮らしてきた多民族国家でもあります。その多様性は民族衣装に使われていたテキスタイルから探ることができます。
アルプス地方発祥のディアンドルやトラハトといった伝統衣装は、元々職業や身分によって柄・服の形が区別されていましたが、次第に渓谷や地域ごとにデザインが変わっていき、コミュニティーやアイデンティティーを象徴するものとなっていきました。例えば、アウスゼー地方で見られるピンク地に緑の草模様のテキスタイルは、この地方で見られる花や草を表しています。
19世紀に入り民族衣装を着た娘たちが都会に働きに出るようになったこと、また「華美なものではなく身の回りにあるものに目を向けよう」という文化活動(ビーダーマイヤー)が盛んになったことで、市民が使用していたテキスタイルにも注目が集まるようになりました。こうして集められたテキスタイルは結果的に人々のルーツを探る資料となり、今でも博物館でアーカイブとして保存・展示されています。また博物館だけでなく、王室御用達だったファブリックの工房・会社も独自に伝統のテキスタイルを収集し、現代のファブリックデザインに活かしています。
残念ながら、現在日常的に伝統衣装を着る機会はほとんど無いようですが、今でもファブリックや包装紙に昔ながらのテキスタイルが使われていたり、空港で働く女性がディアンドルを着ていたりと、今でもその伝統は脈々と引き継がれています。伝統が受け継がれるのは、その芸術性の高さはもちろん、多様な社会を生き抜くための心の根(ルーツ)を人々が今も求めているからだと思います。
(佐谷由希子)