島根県松江市に「DOOR bookstore & gallery」はあります。木製のドアを開くと、本とアートピースが呼応するように並び、広間では、アーリーアメリカン様式を模した椅子(滝山繁夫さん制作)が目を惹きます。コンクリートブロックの壁には、川上陽介さんほか、縁のある作家の作品が飾られています。「DOOR」に並ぶのは、「目を閉じて見つめている人へ向けた本」(註1)です。

DOOR bookstore & gallery店内。静謐な空間
開店は、新たな出会いがもたらしたと店主の高橋香苗さんは話します。松江市に移住し子育ての日々に「自分が出せない」と感じた高橋さんは、クラブの音楽イベントを通じて「本気で遊ぶ」人々と出会い、自分ができることは何かと考えるように。解体前のビル(註2)で開催した展示企画「ギャラリーFebruary」に手ごたえを感じ、2004年10月に「DOOR」を開店します。

オイル作りのワークショップ(mahina pharmacyのポップアップ)
ここでは、本の販売とともに、アートやクラフト、写真など、作家の展示とそれにちなんだ食事会、読書会、映像の鑑賞会、ライブ、各種ワークショップなどが行われてきました。「できるだけ住んでいる地域の中で制作や表現活動をしている人を紹介したい」という気持ちで企画しています。

DOOR bookstore & gallery 高橋香苗さん
高橋さんは子育ての過程でシュタイナー教育を学び、その大本となる人智学に影響を受けました(註3)。「必要なことは向こうからやってくる」という思想から、展示会「ひびきあうもの」が始まったともいえます。
「ひびきあうもの」は、「清光院下のギャラリー」で2010年から行われています。ここは建築事務所でしたが、移転後の活用について所長に相談された高橋さんが企画しました(その後、ギャラリーとして使われるように)。初回は「調和」をテーマに、エリック・ホグランのガラス製品と山陰のクラフト作品を展示。いろんな素材や作家との響き合い、空間との調和が好評を博して継続、2021年からは隔年で開催しています。今年は「森にふれる」をテーマに、2025年11月21日から25日まで行われます(註4)。
美術大学出身で、イラストや小説、洋裁などの創作活動を続ける高橋さん。2018年に「DOOR books」を立ち上げて出版も始めました。最後に、芸術に携わる人にメッセージを。「トポスとダルマ(註5)の考えを自分なりに取り入れて、わたしは何だろう、という問いを生き続けてください。壁しか見えない、暗いトンネルに入っているときにこそ、別次元をみせてくれるのが芸術ではないでしょうか」

中庭のけやきがつくる木漏れ日が店内にも差し込む
取材協力
DOOR bookstore & gallery 高橋香苗さん
写真
高橋香苗さん(2枚目)、その他(店内、高橋さんの写真)は筆者撮影
店舗情報
DOOR bookstore & gallery
島根県松江市上乃木1-22-22
開店は土・日曜日(臨時休業あり)の13時~18時。
展示会の開催時は会期中開店。「DOOR books」の出版物はインターネットで取り寄せ可能です。
Instagram: @doorst.margaret
Facebook: 高橋香苗
DOOR books
https://doorbooks.thebase.in/
(註1)
お客さんの言葉にヒントをもらい、キャッチフレーズにしています。「大きな問いへの応答をくれる本」ともいえます。憧れていた、南青山の「IDÉE SHOP本店」(現在は閉店)3階の本の並びにも影響を受けています。
(註2)
松江市天神町の藤忠ビル(現存せず)。2001年10月から12月、アートイベント「藤忠ビルプロジェクト」が藤忠ビルプロジェクト実行委員会により開催されました。その流れを引き継ぐ形で、2002年2月に「ギャラリーFebruary」が行われました。
藤忠ビル実行委員会編「さよなら、昭和のモダン建築。藤忠ビルプロジェクト その活動の記録」藤忠ビル実行委員会、2002年、p.48。
藤忠ビルプロジェクト「ギャラリーFebruary」、
http://www.enjoy.ne.jp/~ghum/fujichu/2002/february.html(2025年9月28日閲覧)。
(註3)
シュタイナー教育とは、人間と宇宙の霊的本質を探究する人智学に基づき、発達段階に応じて芸術や自然体験を重視し、自由で創造的な人格を育む教育。神秘思想家、哲学者、教育者であるルドルフ・シュタイナーにより提唱されました。
(註4)
今回のテーマは、DOOR booksから刊行される、林田摂子さんの写真集『森にふれる』のタイトルにあわせたもの。作家に宛てた展示会のステートメントの一部を引用します。「(前略)みなさまは、継続する制作の中で、自分の感覚を頼りに心の声を聞く姿勢を持ち続けていると思います。そういうもの作りをする人たちが差し出す物こそ、その人にとっての『自然で普通』なところ、その人ならではの『森』から汲み上げられた何かが宿って見えます。だからこそ、そういう作品が然るべきように並ぶことで、きっと他者に『森』を感じてもらえるのではないでしょうか」
(註5)
トポスは「自分に意味が与えられた場所」、ダルマは「役割」。役割を果たすことで全体と繋がり、自己のアイデンティティがつくられる。インドを独立に導いた政治家・宗教家ガンディーの言葉「ダルマを果たせ。トポスに生きよ」は、流動化する現代社会においてきわめて重要な概念だと中島岳志さんは書いています。
中島岳志・若松英輔『現代の超克』ミシマ社、2014年、pp.76-77。
(綾仁千鶴子)


