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アネモメトリ -風の手帖-

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#265

瀬戸内アートの島 八島
― 山口県上関町八島

瀬戸内海のアートの島といえば、多くの人が地中美術館や草間彌生のかぼちゃで有名な直島(なおしま)、豊島美術館のある豊島(てしま)、あるいはゲルハルト・リヒターの作品が置かれた無人島、豊島(とよしま)などを思い浮かべるでしょう。
しかし今回ご紹介するのは、アート好きの方を含め、たぶんほとんどの方がご存じない山口県最南端の島、八島(やしま)です。

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八島の人口は住民基本台帳上(令和6年4月1日現在)18人ですが、実際住んでいる人は10人程度です。ハワイ移民が多く出た島で、ハワイ帰りの人が建てたらしい立派な家屋も見られますが、その多くは空き家です。東京ディズニーリゾート2つ分くらいの広さの島に10人くらいしか住んでいないのですから、いくら住民が集落に固まって住んでいても、空き家の多さとあいまって本来なら寂寥感が漂っていそうです。ところが実際は違います。その訳は船着場から続く道ぞいの家の塀などに掲げられた、たくさんの絵です。

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題材は動物、神様、アニメのキャラクターなどさまざまです。まるで複数の人が描いたようですが、すべて現在86歳の元漁師の男性の作品です。絵の専門教育を受けたことはなく、本で目についた絵を手本に描き始めたのは70歳頃からだといいます。巳年生まれの知人から、誰かヘビの絵を描いてくれる人はいないだろうかと聞かれ、それなら自分でも描けそうだと名乗りを上げたのが最初だったそうです。以来、悪天候で漁ができない時など、手なぐさみに絵筆を取る生活が始まりました。近所の家の壁などに絵を飾り始めたのは、住民同士、話すことにも限りがあるので、話のタネにでもなればと考えたからだといいます。
この20年近くで描いてきた絵はおよそ200枚。最初の頃に描いた絵は風雨にさらされて色落ちしてきており描き直したいそうですが、年齢を重ね体力的にきつくなり、なかなか思いどおりにいかないと少し寂しそうでした。

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人の絵を見て描いたものはアートではないという意見もあるでしょう。しかし彼が描いた絵は見ていると楽しい気分になります。人通りのあまりない八島の道を明るくしています。このように人の心に影響を与え、場の印象さえ変えてしまう絵はアートといってよいのではないでしょうか。もっとも彼にとってアートか否かなど何の意味もないことでしょう。島の人たちが楽しんでくれることこそ彼が望んでいることなのですから。

八島で楽しいアートと豊かな自然に触れて、心と体の疲れを癒しませんか?

2回目に島を訪れたのは、たまたまお祭りの日でした。彼は絵筆をバチに替えて、神主さんの祝詞(のりと)に合わせて気持ちよさそうに太鼓を叩いていました。
画家は音楽家でもありました。

(長和由美子)