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アネモメトリ -風の手帖-

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#220

勇払原野の小さな宝物
― 北海道苫小牧市

ハスカップという果実をご存知でしょうか。毎年6月に可憐な白い花を咲かせ、7月上旬頃に黒紫色の果実を結びます。栽培されることも多くなりましたが、天然のハスカップは一部の高山帯を除いて道東の根釧台地や、こちら苫小牧市東部の勇払原野にのみ自生しています。

ハスカップの木。樹高1.5mほどの低木なので子どものほうが実を見つけるのが得意です

ハスカップの木。樹高1.5m程の低木なので子どものほうが実を見つけるのが得意です

ハスカップの実。直径1㎝ほどの実が2粒ずつ寄り添うように実を付けます

ハスカップの実。直径1㎝程の実が2粒ずつ寄り添うように実を付けます

ハスカップはアイヌ語で「枝の上にたくさん生るもの」を意味し、和名をクロミノウグイスカグラといいます。また、ハスカップのなかでも細長い実を指す「エヌミタンネ」が転じて、地元では「ゆのみ」とも呼ばれます。元来シベリア原産のハスカップが勇払原野に渡来した要因としては、渡り鳥が運んできた、あるいは船に種が付着した、など諸説ありますが、ともかくハスカップはこの地に根を張りました。勇払原野の寒く荒涼とした火山灰地が偶然にもハスカップの生育条件に合致したのです。その後は脈々と人々の手によってハスカップ摘みが行われてきました。特に終戦後は一斗缶(ガンガン)を背負った市民が「ガンガン部隊」と呼ばれ、原野を賑わせていた時代もありました。ハスカップのお菓子を考案した地元の老舗菓子店が、市民からハスカップを買い取っていたのも一因でしょう。
ハスカップは実が非常に繊細で傷みやすく、遠方へ出荷することができません。ですが日持ちしないという特性はまた、ジュースや酒、ジャムや塩漬けなどハスカップをさまざまに加工する知恵を育んできました。筆者も今年はハスカップ酒作りに挑戦しました。7月上旬、清々しい勇払原野の森に入り、ハスカップを摘み取りました。ハスカップは木によって微妙に実の形や味が違うため、草木をかき分けながらお気に入りの木を探すのは、まさに宝探しといった感覚で、なかなかの喜びがあります。天然のハスカップは強い酸味と苦味、僅かなえぐみを含み、ビタミンCや鉄分といった栄養価にも富んでいます。そうして収穫したハスカップを、ホワイトリカーと氷砂糖と一緒に漬け込みます。6ヵ月経過した頃から飲み頃となります。
上手く熟成されたハスカップ酒は、野趣と優美さを併せ持ったような、独特の風味を呈してゆきます。その滋味と馥郁とともに、自然の恵みに感謝しつつハスカップ酒を味わうことが、苫小牧市民にとって冬の夜のひそかな愉しみなのです。それでは皆様、美容と健康に乾杯!

自家製のハスカップ酒。左は仕込んだ時のもの。右はその約6ヵ月後

自家製のハスカップ酒。左は仕込んだ時のもの。右はその約6ヵ月後

参考
特定非営利活動法人苫東環境コモンズ編『ハスカップとわたし勇払原野のハスカップ市民史』中西出版、2019年。

(加藤 綾)