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アネモメトリ -風の手帖-

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

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#182

伝統を繋ぐ技術と思考―南部鉄瓶―
― 岩手県奥州市

岩手の伝統工芸のひとつ、南部鉄器。そのルーツは盛岡由来と県南部の奥州市水沢地区由来があり、現在この2地域で南部鉄器が作られています。なかでも代表的なのが鉄瓶です。
南部鉄瓶の製造方法には「焼型鋳造法」と「生型鋳造法」があります(1)。今、このうち焼型鋳造法を行う職人の高齢化が、特に水沢地区で進んでいます。そうした中、この方法で新たに鉄瓶制作をはじめた若いご夫婦がいます。
工房は、作業場を共有しながらもそれぞれが独立したかたちで、夫の典行さんが「鉄瓶 遊山」、妻の奈美さんが「奈の花」の看板を出し、各々の鉄瓶を作ります。お二人が南部鉄瓶の世界に入ったのは8年ほど前。それぞれ新たな道を模索していた際に、ちょうど水沢で南部鉄瓶の技術を身に着ける県の育成事業の募集があり、これに応募するかたちで職人としての道をスタートさせました。お二人が出会ったのもこの時。それぞれ師匠となる職人さんの工房で一から学び、研修期間が終了して独立したのは2年ほど前。まだ30代と、この地区では非常に若い職人です。
手作りといっても、ある程度の数を卸さなければ生活していけない世界。お二人とも研修中は数に追われる日々だったといいます。独立した現在は、業者等に卸す他に直接注文を受けることも増え、より一つ一つの作品に、そして何より、注文主に向き合い制作することが出来るようになったと言います。「稼ぎたいではない、自分が作れる分だけ作って、出来たものを喜んで貰えるように、その姿勢で長く続けていきたい」これがお二人の考える鉄瓶制作です。
少量生産の手作りに比べ、量産の南部鉄瓶はその値段の手ごろさから、消費者からの人気が高いのが現状です。ただ一部では、多く作ることでその品質が保てなくなっているという話も耳にします。伝統工芸という名の下で、生産する側も消費する側も、何か大切なものを見落としてはいないか、ふと、そんな考えが頭をよぎります。
水沢では職人の高齢化に加え、後継者問題もあります。若い世代の希望者はいるものの、その受け入れ環境がないことが課題だといいます。「この環境のままでは、水沢から焼型の技術を担う職人がいなくなってしまう」独立したばかりの若い二人が、すでに地場産業の未来を考えはじめています。

(大矢貴之)

(1)
焼型鋳造法は細かく分けると100以上もの工程を踏む、昔ながらの技法です。そのためひと月に作られる数は限られ、値段も高価になります。これに対し生型鋳造法は生産性に優れ、その分価格も抑えられます。大きな会社などで大量生産をする場合に向いている製造法です。

参考
伝統工芸 青山スクエア 工芸品を知る 南部鉄器
https://kougeihin.jp/craft/0701/

東北の伝統的工芸品 みちのくの匠 岩手県 南部鉄器
https://www.tohoku.meti.go.jp/s_cyusyo/densan-ver3/html/item/iwate_01.htm

積み上げられた鉄瓶の型。これも自分たちで焼いてつくる

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鉄瓶の独特の肌はこうして型に砂を定着させることで表現する

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典行さんの作品。これまでにないドリップ用の鉄瓶。これだけ細長い注ぎ口を鋳造するのはとても難しい。因みに溶接はしていない

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奈美さんの作品。オーソドックスなかたちながら、繊細な模様や小ぶりで柔らかい印象が特徴的

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