7)好循環の行き着くところ
柳原さんをディレクターとして、みんなで一緒にやってきた2016/ project は、もうまもなくかたちになろうとしている。今後の予定としては、2016年4月のミラノサローネで正式発表。日本でのお披露目は2016年秋を予定し、販売体制も整うよう準備を進めている。ライクスミュージアムでの展示もあるし、イギリスの出版社ファイドンからプロジェクトのドキュメンタリーブックも出版予定だ。
さらには、伝統的な手法と最新の技術を併せ持つ有田焼の開発にはオランダが関心を寄せていて、共同研究や交流の話も出ている。オランダのセラミックワークセンターと窯業技術センターの共同研究や、アイントホーフェンのデザインアカデミーから窯業大学に留学生を受け入れるという計画などである。
このように、2016/ project をめぐって、有田では面白いほど物事がうまく運んでいるが、そこを冷静に見ているのが百田陶園の百田さんだ。あえて「うまく行きすぎないほうがいい」と加減を考えている。
——プロジェクトが本格的に始動してもう1年以上経ちますから、今はみなさんノってますけど、最初は僕が常にオーバーアクションでみんなをまとめていたんです。今はもうチームになっているので、僕は一歩下がっています。
順風満帆で問題がないときは、事業って成功しないんです。だから最近は、いろんな問題を投げかけたりしています。問題が出てきたときにデザイナーと言い合いになるぐらいのプロジェクトじゃないと、絶対上手くいかない。僕は今、常に一歩下がってそれを見ています。すんなりいかないほうがいいなって思ってますね。いろんな問題がいっぱい出てきて、それをがんがんやりとりしながら、最終的に来年ミラノサローネで発表できれば成功すると思うんですね。大きなところは去年1年かけて育ってきたからいいんです。今は細かいところに関して、「けんかしてでも言え、言い合いしたほうがいい」と言ってるんです。
なんという見事なバランスだろう。柳原さんが穏やかに、新たな発想をもってみんなを盛り立てつなぎ、窯元や商社の人たちはそれぞれ責任を持ちながら、お互い協力しあって、デザイナーとものづくりをすすめている。それを鷲崎さんはじめ、県の担当者がこまやかにサポートし、百田さんが全体を見ながら冷静なアドバイスをする。素晴らしいチームワークだと思う。
結果がどうなるかは誰にもわからないけれど、力強い好循環のなかで、それぞれが持てる力を十二分に発揮して関わっていることは間違いないし、2016/ project 自体が予想以上の広がりを見せている。ことの始まりは成り行きだったが、100年に1回のチャンスをしっかりとらえ、活かしきろうとしているのだ。
柳原さんにとっても、2016/ project はとりわけ意義深い仕事ではないだろうか。そう聞いてみると、淡々とした答えが返ってきた。
——そうですね、他のプロジェクトと比べると関わるひとは多いですが、同じ気持ちで取り組んでいます。一貫して「デザインする状況」を考えるなかでの、関わりかたのひとつだと思ってます。他の経験が生かされているかどうかはわかりませんが、マニュアルのない取り組みを試行錯誤しながらやっている感じですね。つながりとかは、実はあんまり考えていなくて、直感を楽しむだけです(笑)。
プロジェクトのスケールの大きさは、柳原さんにとってはあまり関係ないのだろう。そのプロジェクトにふさわしい仕組みを考えて、関わるひとたちと一緒に、「ほんとうに必要なこと」をデザインし、ものづくりを進めていく。本質的なことは、どこで、何をしても変わらない。
2016/ project では、とてもわかりやすいかたちで「有田と有田焼らしい仕組み」が実現されようとしている。そのなかでは、「つながり」を無理につくろうとしなくても、ひととひととの良い関係が自然に結ばれるのだった。
日本のものづくりの産地は今、多かれ少なかれ有田と似たような状況に置かれ、危機感を抱いていると思う。けれども、そのものづくりとまわりの環境をよく見て、ほんとうに必要なものを探っていけば、現状を変えていくことは、決して不可能ではないはずだ。
ともあれ、来年の有田を楽しみに見ていきたい。