アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#28
2015.04

奥能登の知恵と行事 息づく豊かさ

前編 土地に根ざした学びの場、まるやま組の活動から
1)まるやま組の事始め 自然発生的に、ゆるやかに

小さな集落のはずれ、木々を切り開いた見晴らしの良い場所に、萩野紀一郎さん、萩のゆきさん夫婦の住まいがある。この住まいがまるやま組の活動拠点で、田んぼが広がる道を歩けば、活動の舞台である「まるやま」まではすぐの距離だ。日々のなかに田畑や野山がある。2014年、まるやま組の活動のひとつ、「まるやま組のアエノコト」が生物多様性アクション大賞*1を受賞。奥能登の家々に伝わる農耕儀礼「アエノコト」(5章)を、まるやま組ならではの開かれた祭礼として継承し続け、4年目になる。

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(上)4年目のまるやま組の「アエノコト」は田迎えが12月初旬、田送りが2月下旬の週末におこなわれた(下)参加者が三々五々集まっては自然と支度や準備が始まり、萩野紀一郎さんの挨拶でまるやま組のアエノコトが始まる

(上)4年目のまるやま組の「アエノコト」は田迎えが12月初旬、田送りが2月下旬の週末におこなわれた(下)参加者が三々五々集まっては自然と支度や準備が始まり、萩野紀一郎さんの挨拶でまるやま組のアエノコトが始まる

まるやま組は2010年、地元有志による「輪島市ビオトープ研究会」の植物相モニタリングに萩のゆきさんが誘われて、気軽な気持ちで参加したことがことのはじまりだ。国内に1,000ヵ所あるモニタリングサイト*2のひとつとして、市ノ坂の「まるやま」一帯の環境を定期的に調査し、どんな植物が根ざしているか、日本自然保護協会を通じて環境省にデータを提出するというものだ。

好奇心旺盛なゆきさんは、植物の知識が増えていくことに喜びを覚えるが、だんだんと調査チームと農作業をする集落のひとたちの間に隔たりがあることが気になり始める。

——お互いに同じ場に居合わせているのに、言葉を交わすことがほとんどなくて。見えない境界線があることに違和感を覚えたんです。植物調査で見つけた、きれいなピンク色の花を咲かせる、スイカズラ科の植物「タニウツギ」。だけど集落のひとたちは「田植え花」と呼びます。今ではビニールハウスで育てるのが主流ですが、苗を露地で育てていた昔は、この花が咲くころには田植えを始めなければいけないと、田植えの準備にかかる合図にしていたんです。土地のひとはちゃんと植物を見分け、日々のなかで活用している。雑草にしか見えなかったものにさまざまな名前や見方があることが新鮮な驚きで。研究者の目、農家の目、食の目……。さまざまな視点から知識を交換し合える、そんな場がつくれたら面白いと思ったんです。

年齢も職種も住んでいる場所も違う、さまざまなひとたちをつなぐ場をつくるにはどうすればいいか。老若男女だれでも共通で楽しめるものとして、ゆきさんが思い至ったのが、「食」だった。地元のひと、子育て中の友人など、興味を持ちそうな身近なひとから声をかけ、植物調査の後、自宅を開放してみんなで食事をしながら話す。そんな小さな集まりが、まるやま組の第一歩になった。
現在、まるやま組は毎月第2日曜の「まるやまあるき」が活動の柱になっている。「まるやまあるき」はゆきさんと植物生態学を研究する金沢大学の伊藤浩二先生を中心に、植物や昆虫の観察や生物多様性モニタリングをはじめ、昔は農村の風景としてよく見られた田んぼの畦(あぜ)での大豆や小豆の栽培(あぜ豆づくり)をする。そして、萩野さんの自宅を「オープンキッチン」として住み開き、地元の食材を使った食事を参加者みんなで楽しむ。知恵や知識を分かち合うかたちは、始まったころと変わらない。1年の締めくくりと始まりには、田の神様をもてなす、奥能登特有の農耕儀礼「アエノコト」を自分たちらしく、感謝を込めてとり行う。

——まるやま組でやっていることは、常に実験。NPOのようなはっきりとした組織形態や明確なゴールを打ち出しているわけではなくて、だんだん試しながらできたかたちなんです。

今では参加者は国内外から、多いときは50人以上が集まる。「見慣れた景色にこんなに発見があるなんて」と、親子で通う地元のひともいれば、外国人留学生が参加することも。そのときどきさまざまにひとが集まる、ゆるやかなつながりだけれど、共に経験を分かち合う、その結びつきは強い。

「まるやま」は周囲を田んぼに囲われた丘。川の浸食によってできたであろうという地理学者の説や、古墳ではないかという説も。古来より集落の共有地として「まるやま」と呼ばれ親しまれてきた(写真提供:まるやま組)

「まるやま」は周囲を田んぼに囲われた丘。川の浸食によってできたであろうという地理学者の説や、古墳ではないかという説も。古来より集落の共有地として「まるやま」と呼ばれ親しまれてきた(写真提供:まるやま組)

*1 生物多様性アクション大賞
国連生物多様性の10年日本委員会(UNDB-J)が主催。地産地消で旬の食材を使う食堂(たべよう)、海や川、山での自然体験(ふれよう)、美しい自然や生きものの姿を写真で表現(つたえよう)、地域に残る伝統文化の保存(まもろう) 、環境に配慮した商品開発(えらぼう)など、5つのアクションに貢献する団体・個人の取組みを表彰し、積極的な広報を行うことにより、「生物多様性」を広める。2014年12月に大賞が発表され、まるやま組の「アエノコト」が大賞と、まもろう部門の優秀賞をダブル受賞した。

*2 モニタリングサイト1000
日本列島の多様な生態系について、環境省が1,000カ所程度のモニタリングサイトを設置し、情報収集を長期にわたって継続することで、自然環境の質的、量的な変化を調査している。まるやま組の活動域は里地・里山の「トキのふるさと能登まるやま」としてモニタリングサイトに登録されている。