特別編 服を通して人びとを変えていく
西尾美也
西尾美也さんは服をもちいた作品をつくるアーティストである。着るための服をつくるというより、服を通してコミュニケーションのあり方を再考することを、作品やワークショップを通して表現してきた。そこにはファッションを通して、人々の意識を変えようという問題意識がある。西尾さんの活動を見ることで、もうひとつのファッションの可能性を見てみたい。
西尾さんは中高生の頃から服に興味があったが、進路として選んだのは服づくりを学ぶ専門学校ではなく、芸術大学であった。
——もともとファッションが好きで、アントワープ・ファッションにも憧れていました。でもファッションには巨大な仕組みがあるような気もしていて。その仕組みに乗っかって学んでいるひとたちがいっぱいいるから、独自性のようなものを見つけるのはすごい難しそうだな、と感じたんですね。そんなわけで、進学のとき、自分がやりたいことは何かを考えると違う仕組みに触れていくことかもしれないと直感で思いました。その点、アートという枠組みは自由に見えたんです。調べていくと東京藝術大学の先端芸術表現科が、ファッション科ではないですが、芸大でありながら社会とコミュニケーションを取っていくようなことを学べる新学科というので、僕がやりたかったことに近いと感じました。
彼は修士課程の在学時から、見知らぬ通行人と衣服を交換するプロジェクト、あるいは家族写真を再現するプロジェクトで注目を集めていく。後者は、いろんな家族が過去に撮影した家族写真と同じ場所で同じポーズをして、同じ服(現在の体型に合うように西尾が再制作した)を着て、もう一度家族写真を再現するというものだ。
——世界中のどの国のひとも何かしら服を身につけている、生まれたままの姿ではいないという前提をもとに、誰もが共通して持っている素材という意味で、相互に服を交換する。道行くひととは誰とでも同じ素材を持っている人間同士として何かできるんじゃないかと思って、フランスやケニアなどの街角で試みてきました。
もうひとつの家族写真のプロジェクトでは、すでにある家族という関係性を素材として、だからこそできる表現は何か、というふうに考えました。いずれも、すでにあるもの、つまり服や関係性を組み替えることで、服を通して新しいコミュニケーションのあり方を目指すようなワークショップとして始めました。
これらの作品は、服を交換することによって、着るひとのアイデンティティがどう変化するかをテーマにしたものだ。年月を隔て同じ集合写真を撮ることで、家族の心境にどんな変化が生まれるのか。また、西尾さんは服を用いたワークショップによって、参加者の考え方に影響していく活動にも取り組んでいく。
その後、彼は2007年からアフリカに定期的に通い始め、2011年からの2年間を文化庁の新進芸術家海外派遣研修員としてアフリカ、ケニアで過ごした。そして、ケニアでも服や布を使ったワークショップを展開する。ワークショップというやり方は、美術教育や美術に触れる機会のないひとたちを巻き込んで、お互いに触発しあう方法として有効であった。
具体的には現地で古着を集め、それをパッチワークして大きな機関車のかたちをつくり、廃線になった鉄道の線路の上をもう一度走らせるというワークショップなどを現地の人々とおこなったのである。
——ケニアは生きにくい社会というか、生まれた場所や環境で、育ち方、働き方が決まってくるようなところです。そこに僕という他者の異なる考え方が入ってくる。その存在や考え方に触れるだけでもいいんじゃないか、と。そこで仲良くなってどうのこうのという物語には、特に興味はありません。古着をパッチワークして機関車をつくって鉄道を走らせたという経験は、ケニアのひとたちにとっても僕にとっても唯一のもの。観光客や支援者という立場でケニアに関わることでは、ありえなかったであろう経験を共有した、そのこと自体が面白いと思うんですね。
どこでも誰でも、その場限りでも、そこに集まったひとが持っている経験を素材に使って、次の段階に行ってみたい。新しい価値を創造する、その経験を共有する。そして、それぞれが日常に戻って、それを活かしたり、活かさなかったりするわけです。
ワークショップを通して、それまで起こりえなかったことを体験する。わかりやすいドラマじゃなくて、ありえなかったことが起こるかもしれないという予感を、それぞれの日常に介入させていきたいんです。
西尾さんが今手がけるプロジェクトのひとつが「FORM ON WORDS」である。これは子どもを対象に古着をリメイクするというワークショップを発展させたものだ。これまであえて服をつくらないやり方を追求してきたが、これは服づくり、しかも商品化までを射程に入れている。
子どもが主体のワークショップでは、作品の造形としては「ワークショップでできた作品」になってしまう。面白い発想があっても、「面白いワークショップだね」で終わることが多い。造形として作品になるものをつくりたいと思った西尾さんは、子どもがつくったものを、プロのデザイナーが日常に着られる服にしていくワークショップを開催する。そこに来たプロと一緒に、ワークショップのなかで出てきた発想をブランドにしていこうというのが「FORM ON WORDS」だ。来年から、一般的な流通にのせる量産型の商品も考えていく。
なぜ、ワークショップのプロジェクトを商品にするのか。そこには現代における服とのかかわりが消費だけになってしまった状況を変えたいという西尾さんなりの考えがある。
——アートとファッションの大きな違いは、服として流通させるかどうかだと思うんです。大多数のひとは、服とはお店で出会います。そのひとたちに向けて、コンセプト抜きで「FORM ON WORDS」に出会ってほしいと思っています。お店のほうが多くのひとと出会える可能性がある。もともとは古着を自分でリメイクするワークショップなんですが、それをブランドにすることで、将来的に多くのひとが自分で服をつくることや服づくりの過程に参加することを考えてくれればいいな、と。
ファッションって身近なものなのに、雑誌やお店で見て、受け身的に購入するしかないという選択肢の狭さに違和感があるんです。下手でも素人でもなんでもいいから、身につけるものなんだからから自分でつくってみたらいいと思う。料理と一緒ですね。
つくるひとたちが増えていく環境をつくっていくことに興味があるんです。もっと服をつくる過程に参加できるような機会を提供していきたいと思っています。
これまでの歴史を振り返っても、家庭裁縫の時代が長かったわけで、自作はけっして例外ではなかった。しかし、既製服が便利に手に入る時代につくろうといっても難しいものがある。
——時間がないからやらない、分業になって自分はやらないとか、いろんな「やらない」が増えていますし、それが近代でしょう。でもそうじゃなくて、無駄な時間の過ごし方を自分の手に戻していったらいいと思うんです。ケニアのひとたち、子どもたちに共通するのは、時間に追われていないし、無駄なことをひたすらするところです。そこから学べることがすごくたくさんありました。
ワークショップに参加するひとの満足度を見ていても、そういうのを求めていたんだなと感じますよ。潜在的にもそういうことをしたいひとは多いと思うので、機会がもっと増えればいいなと思います。新しい考え方を受け入れてもらって、ともに新しい段階に進みたい。
服のリメイクがブームになっている。ひなやのRe:(リコロン、前号参照)のように大量の服があまっているからというエコロジー意識もあるだろうが、つくりたい欲望がわたしたちのどこかで目覚めてきたからなのかもしれない。
西尾さんは自分で服づくりをする経験を取り戻し、人々を創造的に生きるように変えていこうとしている。衣服がただの量産品となって使い捨てられ、デザイナーが巨大なシステムの歯車になっている現在、服の持つ力をもう一度再生させるのは、システムの外にいる西尾さんのような存在なのだろう。彼の挑戦はアーティストとしての活動であるが、案外スローファッションと同じ地平のようにも思われる。
西尾はこれまで地元の奈良から東京、ケニアとさまざまな場所を移動し、来年から奈良の大学で教えることになっている。ローカルとグローバルを往復する西尾さんのこれからの活動にも期待したいところだ。