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アネモメトリ -風の手帖-

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#57
2018.02

これまでと、これからと その1


1-1)本を手がかりに 「多くのひとを集める」から「ひとりひとりへ」
(本でつながる、広がる、ひととまち(#0#1
( 本、言葉、アーカイヴ(#44#45

まずは、本を手がかりに伝えること、残すことの動きを振り返ってみたい。特に注目してきたのは、東北での人々の活動である。
2012年12月の創刊にあたっては、東北の本の文化を取り上げた。もともと、本や雑誌の文化に厚みがある土地で、本を通してつながり、広がっていくひととまちのありようを、仙台と盛岡で取材した。そのときは、さまざまなひとがゆるやかに手をたずさえて、本を介して東北を発信しようとするうねりのようなエネルギーに圧倒されるばかりだった。それぞれの土地で暮らす人々にとっても、まだ遠く向こう側にある日常を取り戻す手だてとして、本や本のイベントなどは広く受け入れられやすかったのだと思う。
2回目の東北取材は、震災から5年経った2016年。非日常が終わり、日常が戻ってきたように見えるからこそ、震災前のこと、起こってからのことをいかに受けとめ、残し、伝えていくか、さまざまな取り組みが行われていた。本とその周辺に関しては、ひとを集めて大きなイベントを行うだけでなく、小さな動きがいくつも起こっていた。
たとえば仙台では、震災後、わずか数ヵ月でイベントを行う決断をして、仙台のまちとひとを勇気づけた大きな本のイベント「Book! Book! Sendai」(以下B!B!S)がこれまでとは異なる方向を探っていた。ブックカフェの店主や詩人、編集者など、本に関わるさまざまなひとたちが集まって立ち上げた「本でひととまちをつなぐ」イベントで、行政や企業の力をほとんど借りることなく、市民活動として進められてきたものだ。4万人を集客する大規模な催しは、全国でも注目を集めていた

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しかし、B!B!Sの中心メンバーであったブックカフェ「火星の庭」店主・前野久美子さんや詩人の武田こうじさんたちは、大きなイベントでひとを集めるのではなく、地域に暮らすひとたちの日常を考えるようになっていた。「何万人とか人数や規模ではなく、ひとりひとりの大きさ」だと前野さんは言う。

そのひとつとして、B!B!Sの最初のテーマであった「街で本と出会う」ことに目を向け、今、まちで起き始めていることを調べ、考え、webサイトを中心に伝えている。その企画のひとつが「震災後に誕生した【本と出会えるスペース】を訪ねるインタビューシリーズ」だ。宮城県の各地で起こった「本のあるスペースを作る動き」をとらえ、それらのスペースをつくった、あるいはつくろうとしている人々に取材するものだ。離れていくひとの多い被災地で、そこにとどまり「本の場所」をつくったひとたちの思いがていねいに、時にユーモアも交えながらつづられている。ひとりひとりの声が立ち上がってくるようである。

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左から、武田こうじさんと愛犬ミルク、ブックカフェ「火星の庭」の店主・前野久美子さん、前野健一さん。写真は「火星の庭」にて