1)小学校と地域交流センターの複合「東川小学校」
東川町の中心市街地の一角に、水平に広がる巨大な平屋の建物がある。東川町立東川小学校だ。校舎は、2014年に建設された。
取材で訪れたのは放課後の時間帯。児童はすでに下校していて誰もいないが、木材をふんだんに使った校舎はあたたかみがある。教室と廊下を隔てる壁がなく開放的なのが印象的だ。隣接する地域交流センターと通路で連続しているのも、この学校の大きな特徴となっている。
校舎と一緒に整備された、隣接する「東川ゆめ公園」も12haと広大だ。ナイター設備を備えた天然芝の野球場や人工芝のサッカー場、多目的広場、体験農園などが整備され、その向こうには大雪山系の山並みが見える。
公園と小学校の校地は連続していて、子どもたちは校庭のように利用している。およそ公立学校のグラウンドとしては想像もつかない光景だ。こうした恵まれた環境で子どもに小学校生活を送らせたいと、移住してくる人も少なくないと聞く。
この東川小学校の成り立ちは、後に誕生する「せんとぴゅあ」と深くつながっている。両施設の計画・設計を手がけたのが、建築家の小篠隆生さんだ。

小篠隆生さん(写真提供:本人)
小篠さんは、1993年から2024年まで北海道大学大学院工学研究院で教鞭をとり、世界の都市計画や公共建築について研究する一方、公共施設の計画・設計を自ら手がけてきた。
小篠さんと東川町との関係は、20年以上にわたる。まちと関わるきっかけとなったのは、国土交通省の交付金によって実施された都市再生計画の事業評価だった。その過程で、松岡市郎町長(当時)から、東川小学校の建て替えの相談を受けたという。
その際の参考例となったのが、小篠さんが2000年代初頭に計画・設計を手がけた積丹町立余別小学校の建て替えだった。
———余別小学校の話を町長にしたら、詳しく聞きたい、と。余別小学校は、当時全校児童12名。普通は建て替えはありえないほど児童数の少ない学校ですが、その地域は交通アクセスの悪いところで、まちの中心部まで車で20〜30分。冬で吹雪いていると、1時間かかる。それぞれの地区にやはり拠点が必要だという考えで、小学校に地域の人たちが絶えずやってくる仕掛け、公民館的な機能を合築したんです。もともとまちの中心部まで行かなくても住民票を取ったり、税金を納めたりできる役場の支所があったので、それを組み合わせたわけです。そういう複合型の小学校を設計したことがあると町長に話したら、「(東川小学校の建て替えのあり方は)それだね」と。
東川町には大きく4つの地区があり、それぞれの小学校が地域コミュニティの拠点として重要な役割を果たしてきた。だが、たとえ東川町のように人口が増えていたとしても少子高齢化が進むなかでは、地域住民と小学校の関係はどうしても希薄になってしまう。新築される小学校を、地域の人の交流を生む新たな拠点としたい——そんな構想が進んでいく。
———単純に小学校の改築だけであれば、それで完結するプロジェクトになる可能性が高かったんです。ですが、学校を建て替えるにあたり、学校以外の時間、放課後や週末も地域の人たちが関わりながら子どもたちを育てていきたい、という地域の意向がありました。そういう活動をするNPOや市民団体がたくさんあったんです。彼らは、それが「東川のこれからの人材を育てていくことにつながる」と強く思っていた。であれば、小学校単体でつくるのではなく、地域の人たちも関われる開かれた機能を小学校に接合するというか、合築、複合化するというか、そういう方向でやったほうがいいと話したんです。
こうして、現代的なコミュニティ・ハブとして東川小学校・地域交流センターは計画されていくことになる。


小学生が普段から使う広々としたグラウンドには、道外からスポーツチームがやって来ることもある / 全学年の教室がオープン教室となっており、廊下と教室を隔てる壁がない。また、棚などの什器も可動式で、先生たちがスペースを自由にアレンジできる。余白の多い設計が特徴だ


