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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#152
2026.01

41年目の東川町 文化のまちづくりを俯瞰する

2 重ねつづける拠点「せんとぴゅあ」  北海道・東川町

4)国際的な交流も さまざまな文化を包み込む

「せんとぴゅあ」が生み出す文化の複合と交流は、町内にある文化にとどまらない。そこに、国際交流という要素が加わることで、海外文化も混じり合う。

東川町は「写真の町宣言」以降、写真文化を通して国際交流に力を入れてきた。とりわけ2014年に「写真文化首都」を宣言したころから、国際化戦略を本格的に推進。少子高齢化で国内人口が減少するなか、台湾、韓国、中国をはじめ、タイ、ウズベキスタン、ラトヴィアなど国際交流事業を通じてつながりを深めた国や地域に目を向け、留学生の受け入れを積極的に進めてきた。

それが町の定住人口を支える要因ともなり、現在、約8700人の人口のうち、留学生は400〜600人。実に人口の4〜6%を占めている。飲食店のメニューなどが多言語対応になっているのも、すっかり日常の風景となった。

留学生と町をつなぐ大きな接点となってきたのが、2009年からつづく日本語教育事業である。2015年には全国で初めてとなる町立日本語学校が開校した。その校舎として誕生したのが、ほかでもない「せんとぴゅあⅠ」だ。そこには日本語学校の校舎だけでなく、宿泊施設もあり、留学生の生活拠点になっている。高石さんは、「せんとぴゅあが、留学生たちにとって快適な居場所となり、同時に東川の文化と出会う場にもなってほしい」と語る。

語学を学ぶだけでなく、町そのもののファンとなってほしいーー。そんな願いが込められているようだ。偶然日本語を学ぶために訪れた町が、やがて“第二のふるさと”になる。その出会いの接点として、「せんとぴゅあ」が存在しているのだ。

また、留学生が身近にいる環境は、町内の子どもたちにとっても大きな刺激があると、自身も子育て中の高石さんは実感している。

———日本語の検定試験の直前は、留学生たちが体から湯気が出るくらい熱心に「せんとぴゅあ」で勉強しているんです。中高生になると、地元の子どもたちも相当数がここを活用します。親は「勉強しなさい」じゃなくて、「『せんとぴゅあ』に行きなさい」と言うんですよ(笑)。留学生たちのひたむきに頑張る姿を見ながら、地元の子どもたちも勉強していて、よい刺激になっているようです。

役場も国際化が進んでいて、外国人スタッフは全体で約20人。文化交流課には地域での国際交流プログラムを担う国際交流員(CIR)が8人いて、多様な言語に対応できる体制が整っている。

———たとえば、織田コレクションを見に、海外のお客さんが突然来られても、言語対応はほぼ何語でもできます。普通は「フランス語は対応できない。どうする?」などとなると思いますが、スタッフの誰かが対応できる。留学生もたくさんいますしね。これも、文化を混ぜてきたおかげで、言語に対する不安が少ない。海外の方と混ざり合うことで、面白いことがたくさん起きてきています。

こうした環境が住民たちの日常にも新しい交流を生み始めている。

———最近は国際交流員のイベントに、高齢の方の参加が多くなってきました。もともとは教育熱心な保護者と小学生の参加が多かったのですが、地域のおばあちゃんたちが交流の面白さに気づいたようなんです。高齢の方には移住者は少なく、外国語ができるわけでもありません。
町の外国人スタッフは、基本的に日本語が話せるので、外国語ができない高齢の方にとっても参加の敷居が低いんです。「自分の町に、海外から来てくれてうれしい」と言ってくださっているそうです。住民の方々にとっても、町に自慢できる文化がたくさんあることが、国際交流の積極性にもつながっているようです。

現在の日本では、外国人を排斥する動きが顕在化しつつあり、北海道内でもニュースとなっている。東川町内では、「特にトラブルは起きていない」と高石さんは言う。それも長年にわたり地域ぐるみで積み重ねてきた、異文化との対話と交流の土壌が存在しているからではないだろうか。

異文化共生がより身近で現実的な課題となったいま、さまざまな文化を自然に受け入れ、包み込もうとする東川町の取り組みは、これからさらに大きな意味を持つことになりそうだ。

町立日本語学校は開校以来、4500人以上の短期研修生、800名以上の長期留学生が学んできた。町立日本語学校は2週間~3ヵ月までの短期研修生と1年の長期留学生を受け入れ、1年6ヵ月~2年の長期留学生は町内にある「東川国際文化福祉専門学校」に通う