アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#137
2024.10

食文化を次代につなぐ 女性たちの、生きる知恵

3 津軽あかつきの会 「あっちゃ」の挑戦 青森県弘前市(津軽地方)
4)近景・遠景を行き来しながら 女性たちの継承

———あかつきの会はいつ行っても同じやわらかい空気なので安心するんです。「最近見ないね」と言われることもなく、それを責めるような空気ももちろんないです。年に1回参加の会員もいて、それもごく自然なこととして受け入れられています。一方で、数ヶ月に1度開かれる総会では、年間の活動について細かな共有があり、収支の報告もかなりきっちりと行われていて驚きます。会社のような関係性ではないし、家族のようではあるけれど「嫁姑」のそれでもない。つくづく、不思議なコミュニティだなと実感しています。

おおらかな雰囲気でありながら、きちんとした収支管理と会員全員で意識共有が徹底されている実態は、一見は矛盾しているようだが、むしろそうした基盤があるからこそ会員たちの自由が担保されているのだろう。永井さんは会に参加しながら、こうした特性をつぶさに見届け、もう3年が経つ。自ずと、運営している「ヒビノス林檎園」やりんごを主軸にした事業への取り組みにおいても、あかつきの会からの影響は多分にある。私もあかつきの会のような、という思いもある。

———目下取り組んでいるのが、地域のりんご畑を、地元に住んでいなくても関われる仕組みをつくれないかなと思い、「コファーマー」という複数の人がともに農園を耕す取り組みをはじめました。いま実験的に、普段は関西在住の人や、青森にルーツのある人を含めた3名の畑がはじまっています。住まいも、年代もバラバラ。だけど、それこそあかつきの会のようなコミュニティを、りんごを軸にやってみたい。 

青森に住んでいても、そうでなくても、さまざまな人々がりんごづくりに携わり、畑に集う。そして思いもよらないアイデアが生まれ、商品や新たな人を循環する。「コファーマー」は、あかつきの会をひとつのモデルにして考えられたプロジェクトだ。津軽での暮らしから得た実感をもとに、あっちゃ、永井さんの挑戦ははじまっている。

———あかつきの会に通うことで、私もバランスをとっている感じがあります。代表として会社を成り立たせねばという奮い立たせているモードと、料理を覚えて台所に溶け込んでいるモードと。仕事と、あかつきの会と、2つあることでいまの自分が良い状態で保たれていますね。

来年、2025年は青森に初めてりんごが植栽されてから150年になる。はじめアメリカから北海道へ持ち込まれたりんごの苗。当時の弘前旧藩士たちがこの地方の栽培適性を見抜いてりんご事業に力を注いだことで、津軽はりんごの一大産地になった。

———150年前にやったことが今に響いてることがシンプルにすごいと思うんです。あかつきの会もそうですが、りんごを育てていると、人の持っている時間軸が通用しないんです。

永井さんに話を聞いている間、農園の奥へ山菜を採りにでかけていた、かっちゃたちが戻ってきた。

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「向こうでうど見つけたど! 別の山菜も見つけた!」
 「あれ、コシアブラでないか」
 「厚史さん(永井さんの夫)に場所教えといた!」

今日採れた山菜は、次の食事会で振る舞われるのだろうか。うどは大木になっていて、また来年の早い時期に出直しだという。かっちゃに場所を教わり、山菜採りは永井さんの仕事のひとつになった。

何世代にもわたって津軽の母親たちが積み重ねてきた知恵がつまった家庭料理や、なんども接ぎ木をへて品種が改良されてきた津軽のりんごのように。遠景に見れば100年、200年と続く食の文化も、日々の1食、摘んだ1本の山菜、干し・漬け・下ごしらえの積み重ねからなる。そうして遠・近景を行き来することで、文化の継承は着実な歩みを得る。
あかつきの会が、3世代をして遥か先人からのバトンをつないでゆくようすからは、近景からは女性たちの共同体としての営為が、遠景には文化を掬い上げるダイナミックな動きが見える。その両方があかつきの会「らしさ」であり、かくして文化は紡がれる。

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津軽あかつきの会
https://tsugaruakatsuki.wixsite.com/tsugaru-akatsuki
ヒビノス林檎園
https://tabiringo.base.shop/
株式会社Ridun
https://jp-ridun.com/
取材・文:浅見 旬(あさみ・じゅん)
編集者、ライター。デザインスタジオ〈well〉所属、古物らの店〈Goods〉ディレクター。作家と協働したアートブックの制作・出版のほか、文筆も行う。
https://www.instagram.com/goods_shopp_/
写真:成田舞(なりた・まい)
山形県出身、京都市在住。写真家、二児の母。夫と一緒に運営するNeki inc.のフォトグラファーとしても写真を撮りながら、展覧会を行ったりさまざまなプロジェクトに参加している。体の内側に潜在している個人的で密やかなものと、体の外側に表出している事柄との関わりを写真を通して観察し、記録するのが得意。 著書に『ヨウルのラップ』(リトルモア 2011年)
http://www.naritamai.info/
https://www.neki.co.jp/
編集:浪花朱音(なにわ・あかね)
1992年鳥取県生まれ。京都の編集プロダクションにて書籍や雑誌、フリーペーパーなどさまざまな媒体の編集・執筆に携わる。退職後は書店で働く傍らフリーランスの編集者・ライターとして独立。約3年のポーランド滞在を経て、2020年より滋賀県大津市在住。
ディレクション:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。