アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#135
2024.08

食文化を次代につなぐ 女性たちの、生きる知恵

1 津軽あかつきの会 「ばっちゃ」の原点 青森県弘前市(津軽地方)
4)お金を介さない、インディペンデントなありかた

あかつきの会は、その長い活動のなかで自治体などの助成や協力を一切頼らず、立ち上げのときと同様に、自発的、独立的に活動を続けている。

———何かをもらったりすれば、活動に制約が生まれる。私たちは口出ししてほしくないからお金をもらわないし、指導も受けない。なんにおいても、必ず自分たちで話し合ってやっています。立ち上げの頃、場所もないしお金もない、なんにもないところから始まりました。鍋や調理器具は家で使わないものをみんなで持ち寄って、野菜もそれぞれ畑で採れたものを持ってきて、この場所にしたって私の家の物置だったんです。そこから始まったんです。いまだに、どこからの支援も援助もないですし、そうしてやってます。

あかつきの会は、徹底的にお金を目的化しない。食事会で得たお金を報酬とすることはなく、会員もそれを望んでいない。もし、活動に対しての対価が発生してしまえばそれは労働となり、調理時間の制約が生まれ、料理や仕込みに手を抜いたりせざるを得ないことも出てくるかもしれない、工藤さんはそう危惧する。昔ながらのやり方で伝承料理をつくろうとすると、一つひとつ手間も時間もかかるもの。たとえば山菜の「ミズ」の下処理ひとつをとってみても、ほんの2、3口で食べ終えられるような副菜に、数人がかりで延々と筋取りを行う。これをお金に換算していくと、とてもできない。そんな大変なことを、笑いながら大いに楽しくやっているのはなぜだろうか。

———「もつけ」ってわかりますか? 得にもならないことに走って、たとえばお祭りとかに一生懸命になる人のことを、この地域ではもつけって言うんです。だから、ここの人はみんなもつけ(笑)。若い人も増えてきているけども、ここは仕事じゃないからよそに働きにいって、その合間に来てくれるんです。いま台所の中心にいる人たちは、最初はポツリポツリと来ていたのが、退職して60過ぎてから本格的に来てくれています。
どうあれ、つながっていけばそれで良いと思うんです。細々とでも、「こういう料理もあるんだ、ここの土地はこういう料理をつくってきたんだ」というのをわかってくれたら。

工藤さんにお話を聞いた居間の隣、台所では賑々しく調理をする「かっちゃ」たちのようすがあった。響いてくる笑い声、活気の溢れる楽しげな台所。活動当初からこの風景は20年以上ずっと変わらないと言う。工藤さんもいまでこそ台所に立つことはないが、数年前はかっちゃとして同じように賑やかに料理を楽しみ、味をつなぎ受け、そして次の世代に台所を譲った。

「津軽あかつきの会」に、ゴールはない。昨日まであった料理を、今日もつくり、明日につないでいく。そのたゆまなき伝承こそが目的であり、それが達成されるために必要なのはひとえに継続だ。工藤さんは、「いまは会員はひろく受け付けておらず、会を大きくしたいと思わない」とも話す。持続するのにふさわしい集団のサイズ感というものがあるのだろう。それもこれまでに培った知恵かもしれない。

津軽の伝承料理が、文化がいちど途切れかけたのは、そのやり方が時代に適さず便利な方法に取って代わられ、あえて言えば「コスパの悪い」仕事と見なされてしまったのだろう。そのとき、味だけではなく、家で料理をつくる時間、母子や地域での料理を介したつながりも失われそうになったのではないか。
あかつきの会は、時代の変化によって淘汰されてきたものを
丸ごとすくい上げる。ある種、ここは文化継承の場であり、料理教室であり、なにより気のおけない女性たちの寄り合いだ。「味をつなぐ」というシンプルな動機のもと、会にはいくつかの要素が混じり合う。継続のために楽しい場所であることは、会員のみんなにとって居場所があるということだ。あかつきの会は、料理ばかりか地域の女性たちのつながりも結び直している。

次号では、調理の中心となっている「かっちゃ」たちに注目する。取材の日にふるまわれた昼食を通じて、伝統的な料理をつくり供する現場を見ていきたい。ばっちゃ・工藤さんの思いのもと、かっちゃたちはどんな風にあかつきの会とかかわっているのだろう。賑々しい台所にお邪魔します。

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津軽あかつきの会
https://tsugaruakatsuki.wixsite.com/tsugaru-akatsuki

取材・文:浅見 旬(あさみ・じゅん)
編集者、ライター。デザインスタジオ〈well〉所属、古物らの店〈Goods〉ディレクター。作家と協働したアートブックの制作・出版のほか、文筆も行う。
https://www.instagram.com/goods_shopp_/

写真:成田舞(なりた・まい)
山形県出身、京都市在住。写真家、二児の母。夫と一緒に運営するNeki inc.のフォトグラファーとしても写真を撮りながら、展覧会を行ったりさまざまなプロジェクトに参加している。体の内側に潜在している個人的で密やかなものと、体の外側に表出している事柄との関わりを写真を通して観察し、記録するのが得意。 著書に『ヨウルのラップ』(リトルモア 2011年)
http://www.naritamai.info/
https://www.neki.co.jp/
編集:浪花朱音(なにわ・あかね)
1992年鳥取県生まれ。京都の編集プロダクションにて書籍や雑誌、フリーペーパーなどさまざまな媒体の編集・執筆に携わる。退職後は書店で働く傍らフリーランスの編集者・ライターとして独立。約3年のポーランド滞在を経て、2020年より滋賀県大津市在住。
ディレクション:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。