アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#135
2024.08

食文化を次代につなぐ 女性たちの、生きる知恵

1 津軽あかつきの会 「ばっちゃ」の原点 青森県弘前市(津軽地方)
2)知恵をもって、食いつなぐということ

村の「おべさま」から、いろいろな料理の話を聞いてまわることで、工藤さんは郷里の味と出合い直すこととなった。とりわけ印象深い料理もある。

———「けの汁」のことを教えてもらったとき、これはすごい料理だと思いました。あれは冬の、栄養が偏る頃によくつくります。根菜類、山菜や豆類を使っているから、一食でかなりの栄養が摂れて、それに保存が効くんです。女の人がちょっと実家に帰省するときに、家族が食べられるようつくり置きしたりもされた料理です。

けの汁こそ、冬の津軽料理の代表格。これは、春先に塩漬けしておいた山菜、秋に収穫した根菜をどれもさいの目に切って、煮干しと昆布出汁で煮たものだ。けの汁を筆頭に、集めた津軽料理のレシピは読み解くほど献立に染み渡る深い知恵が垣間見える。菜食中心であることや、発酵技術の充実、うまみ成分の活用など、いまでこそ広く知られた和食の優れたエッセンスを津軽の女性は百年以上前から実践してきている。

_W1A0169

_W1A0163

いりこや棒鱈など乾物は、津軽の長い冬を超すために欠かせない食材

———かつては、台所の女の人の力で、家族全員が春まで食いつなぐという時代がありました。だいたい11月の半ばから3月いっぱい、なんにも作物が採れない時期を、です。私の小さい頃でも、外へ買い出しに行くのは冠婚葬祭や正月のときくらいで、あとは保存食や雪に寝かした大根や人参、根菜を食べて、春まで食いつなぎました。そのとき、同じ料理や味付けが続いて飽きないよう、いろいろな工夫と知恵が凝らされていました。それらは突然に生まれたのではなく、ずっと昔からのお母さんたちの知恵が脈々とここまでつながってきたものです。それによって、私たちもいま生きていると思います。

今日の、飽食の時代において想像しづらいが、津軽地方に残る先人の献立には冬を生きていくことの厳しさが刻まれている。それは知恵であり、生への切実な執着の賜物でもあるのではないか。

———漬物もすごい知恵です。ただ、いまはほとんどの家庭でもやらなくなってしまいましたね。漬物小屋を持っている人もいないし、家のつくりが違うでしょう。干物や干し野菜にしても、昔はどの家にも広い軒下があってそこになんでも干したんです。柿でも大根でも菜っ葉でも。いまはほとんどなくなっちゃって、もったいない文化だなと。私たちは、そういうものの真似事もしています。

_W1A0637

_W1A0708

_W1A0647

津軽の名産品といえばりんご。このあたりでは古くから、漬物としても食べる / 発酵がすすみ酸味がきつくなった漬物は一度塩抜きし、味噌や酒粕に漬けると違う味わいに。料理一つひとつに、食材を無駄にせずおいしく食べるための知恵が詰まっている

塩漬け、乾燥、発酵。食材ごとに保存加工の方法を使い分けながら、1年かけて冬に備えていく。季節を問わずさまざまな食材が手に入り、簡易で便利な保存技術がある現代にありながら、あかつきの会は昔ながらの知恵を実践している。
調達する食材は、会発足当初はみんな農家だったこともあり朝採りの野菜を使った。活動が進むにつれ、取り巻く環境も変わり、農家でない会員が増えたが、今も地元の農家がつくった野菜を使い、山仕事が得意なメンバーは山に分け入り、山菜などを採る。自分たちで食材を集めたりして財布をやりくりしながら、津軽固有の食文化を大切にする。

———当時使われていなかったような、目新しい野菜や時季の外れた野菜は使わないようにしています。それらは自分の家で使うのはいいけど、ここでは使わない。もちろんうまみ調味料や保存料は一切使わないし、油も砂糖もあまり使わないです。そういうのは、昔は貴重でほとんどなかったものなので。私たちは、津軽で採れる昔からの野菜で、昔からのやり方でやっていこうと話しています。いまはどこでも・年中いつでも、四季を問わずに料理を食べられますが、そうでなくて。季節に合わせた料理をする、あるいは保存食を備えて食卓を彩る。「食べる」っていうのは、そういうもんでないかって思うんです。

_W1A0108

_W1A0432

_W1A0473

ミズや大鰐温泉もやしなど、津軽地方の固有種が揃う / レシピはシンプルで、会員で共有しやすくまとめられている