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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#134
2024.07

境界をなくす 福祉×デザインの「魔法」

3 まほうのだがしや チロル堂の「拡張」 奈良県生駒市
4)それぞれに合った魔法を、各地で見いだす

チロル堂に戻ると、吉田田さんと坂本さんがカウンターに入ってバーテンダーを務める「袋ラーメンと缶詰BAR」が始まっていた。カウンターに腰かけると、目の前に色々な種類のカップラーメンや缶詰が並ぶ。スルメにナッツ、チーカマにハムカツ、乾き物盛りだくさんのお通しが出てきて歓声が上がる。すっかり大人版の駄菓子屋チロル堂になっていた。

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吉田田さん、坂本さんのエンターテイナーぶりに、スタッフもお客さんも盛り上がる。しおのめハウスから溝口さんもかけつけて、スタッフのみんなと厨房に。

徐々に人が増えてきてこの日も満員御礼だ。和気藹々と歓談するムードのなかでふたりが奥の座敷に移り、吉田田さんの「これまで誰もやってこなかったトークセッションのあり方を僕は考えました。みんなにも喋ってもらいたいなと思って」という挨拶からトークが始まった。
ルールは、日常の些細なテーマと社会的普遍的なテーマ、それぞれ2つのカードの束から1枚ずつランダムに引き、出たものを掛け合わせて語り合うという斬新なものだった。たとえば、「社会」×「食洗機問題」、「デザイン」×「別れた人からもらった物を捨てるか」、「教育」×「脱毛」など、身の周りに起きるできごとから入るせいか、聞いている側も参加せずにはいられなくなる。登壇するふたりと「ごちゃまぜ」になって語り合っていた。
生活の中で感じるささやかな違和感や困りごとが、便利さの代わりに失ったものへの考察や、痛みとどう向き合うかという普遍的な話につながる。どんなテーマがきても笑いを盛り込みながら阿吽の呼吸で語り合うふたり。トーク終盤には、チロル堂のつくり方に通底する、おふたりの「デザイン観」を伝える対話があった。

吉田田 デザインて課題を見つけて解決していくプロセスがデザインとか言われたりするけど、ちょっと変わってきてて。正しさに向かうことだけがデザインじゃなくなってきたと思う。何か間違えたものとか、痛みを伴っている状態をよしとして、そのままでいいんだよ、にしてあげるデザインも必要。

坂本 課題解決というより、今よりももうちょっと良くなって欲しい、何がどうなると良くなるのか、みたいなことを考え続けてるような気がしてる。自分なりに定義しないと、どの状態が“良い”っていうのがわからへん。それをわかるために、いろいろ勉強してるなと思う。

吉田田 どの状態が良いかが今大きく変わってきたと思うのね。従来の物語と違う物語を提示するのがデザインの仕事なんだろうなと。

坂本 それが多分いま、すごくデザイン世界において求められてるんだよね。

吉田田 チロル堂がやっていることも結構そういうことなのかなと思って。自分のお金は自分のもんで、いっぱい集めた人が幸せになって勝ち組です、みたいな従来の価値観から、ある程度分け合う方が豊かで、じつは幸せに近いんじゃないですかっていう。

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「チロル堂」と名のつく場所が、全国各地に生まれつつある。
視察に来られた方々などからチロル堂をやってみたいと相談を受け、石田さん、吉田田さん、坂本さんは、あらためて何があればチロル堂なのかを話し合った。結論としては、子どもたちが自由にいられるのであれば、駄菓子屋でも、本屋でも何でもあり。何も制限しない、ということだった。
たとえば、2023年秋に南生駒にオープンした「南チロル堂」では「チロる酒場」の代わりに地域の大人たちの参加がチロル堂を支えている。金沢ではレンタルスペースと1000円の大人ガチャで成り立っている。
各地の住民たちがより良い未来のために、チロル堂を自分たちに合ったやり方で展開する。それこそが、吉田田さん、坂本さん、石田さんが願うチロル堂のありかたなのだと実感する。
生駒のチロル堂のように、決してあきらめることなく、試行錯誤を繰り返すことから、その地域の未来はきっとひらかれていく。

まほうのだがしや チロル堂
https://www.tyroldo.com
取材・文:竹添友美(たけぞえ・ともみ)
1973年東京都生まれ。京都在住。会社勤務を経て2013年よりフリーランス編集・ライター。主に地域や衣食住、ものづくりに関わる雑誌、WEBサイト等で企画・編集・執筆を行う。編著に『たくましくて美しい糞虫図鑑』『たくましくて美しいウニと共生生物図鑑』(創元社)『小菅幸子 陶器の小さなブローチ』(風土社)など。
写真:成田舞(なりた・まい)
山形県出身、京都市在住。写真家、二児の母。夫と一緒に運営するNeki inc.のフォトグラファーとしても写真を撮りながら、展覧会を行ったりさまざまなプロジェクトに参加している。体の内側に潜在している個人的で密やかなものと、体の外側に表出している事柄との関わりを写真を通して観察し、記録するのが得意。 著書に『ヨウルのラップ』(リトルモア 2011年)
http://www.naritamai.info/
https://www.neki.co.jp/
編集・文:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。