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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#129
2024.02

山と芸術 未来にわたす「ものがたり」

1 山伏と坂本大三郎 山形県西川町

5)よくわからないけど、「何か」ある 未来への手紙

坂本さんが近年行っているのが「籠もり」である。山伏修行の一環であり、地面に穴を掘り、頭上に枝などで骨組みを作り、植物や土で覆い、光を遮断した状態で埋まるのだ。

2022年にはドイツで行われた世界的な芸術祭「ドクメンタ15」でそれを行った。タイトルは「Marriage and birth in a tomb of words.」。穴を掘り、そこに3日間籠もり、出てきた時に山伏の芸能をする、という一連の流れを実践した。

———穴に入るってことが、人間の普遍的なところにつながるんじゃないかと思ってやったんです。籠もりは人類の最も古い芸術のひとつである洞窟壁画と繋がっていると自分は考えていて。ドイツにも南部の方に、洞窟の中からライオンの頭をした石像などがけっこう出ているんですけど。そういった人間の普遍性。どういうところから芸術とか芸能っていうのが生まれてきたのかっていう、自分がずっと持っていた疑問をひとつの形にしたかった。

坂本さんいわく、有名なフランスのラスコーの洞窟は、そこでは人びとが何らかの儀式を行った際に壁画が描かれたと推定される。また、日本各地の古い習俗のなかにも、成人儀礼として小屋に籠もり、その後で祭りを行う場所がいくつも存在するという。山や洞窟に籠もることは山伏の修行でも大事な要素である。

また、何かに包まれたり、籠もった状態から英雄が生まれる話は卵生神話と呼ばれ、特に日本やアジア各地には共通する話が多く残る。桃から生まれる桃太郎や竹から生まれるかぐや姫などの民話も、その名残りだと考えられている。こうした背景から坂本さんが行き着いたのが、穴に籠もることだった。

———穴を出た時には山伏の芸能をやったんですけど、それは来てくれた人たちに見せる芸能というより、もっと時間的に幅を持たせたものにしたいなと思っていて。そこにはいないかもしれないけど、過去の人たちとの関わりだったり。あるいはこれから生まれてくるような子供たちだとかが、そこに来てるって自分のなかで考えて。そういう人たちに、自分はこういうふうに考えてるんだよって伝えられるようなものとしてやりました。その時のショーっていうよりは、なんか手紙みたいな感じで。

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坂本さんは、月山をのぞむ山の中腹で、夏至や冬至など季節の変わり目に「籠もり」を行っている。「それをやるとどうなるっていうのは言わないようにしてます」。

ドクメンタでは、開催地カッセルのまちなかから外れた個人宅の庭に穴を掘った。

ドクメンタでは、開催地カッセルのまちなかから外れた個人宅の庭に穴を掘った。

 

穴から出てきて行ったパフォーマンス。(撮影:Andreas Weber)

穴の場所は告知せず、そこに来たとしても何が行われているのかわからないパフォーマンスであるにもかかわらず、多くの人が集まった。このパフォーマンスにはヨーロッパ中から取材のオファーが殺到し、多くのメディアでポジティブに報じられた。

———自分としては、予想外の大きな反応でした。ドクメンタのプレスが問い合わせでパンクしたって後からスタッフに聞かされて、カッセルのまちなかで会った人にも「あなたがあのパフォーマンスした人?」と言われるようになったり、地元のアート番組に呼ばれたり。パフォーマンスが終わったらゆっくりドイツ観光をしたいと思ったんですけど、それどころじゃなくなりました。
作品は見た人はわけわかんないと思うんですけど、何か起きてるな、っていう感じはあったと思うんですよ。たぶん自分が初めて山伏を見た時に、よくわからないけど何かある、って感じたのと同じで。ドクメンタで目撃した人にも、それを感じてもらえたんじゃないかと。それをもう少し解きほぐしながら深めていくことが、これからの仕事なのかなと思います。

ひょんなきっかけで山伏の修行に参加してから、坂本さんの生き方は大きく変わった。これまでの十数年は、表だった歴史には出てこない文化とその継承を各地で探りながら、それらを文章にしたり、アートとして表現し、時空を越えてつないでいく時間だった。それは同時に、決してわかりやすくはないことをいかに伝えるかという試行錯誤の時間でもあった。

———自分の興味のあること、やりたいことをやる。それも、ずっとやり続ける、というのを一番大事にしてやってきた。経済的なこととか世間の冷たい目とか、いろいろ大変なことはありますが、せっかく生まれてきたのでやりたいことをやってみたい。でも、それを自分だけ悟り開きました、みたいになるのはあんまり好きじゃなくて。みんながわかる言葉にしたいなっていう気持ちがある。今の人たちに理解されないかもしれないけど、何か形として残しておけば、もしかすると、20年後とか50年後とかに興味持ってくれる人がいるかもしれない。そういう気持ちはずっと持っています。

坂本さんは、自身の体験と知識をいかにひらいていくかを、さまざまな表現手段で試みているのだと思う。太古から連綿としてある「何か」を現代に、さらに未来につなげるために。

次回は、山の素材や知恵を経済活動へとつなげていく、一人の生活者としての坂本さんの動きに着目していく。

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取材・文:池尾優(いけお・ゆう)
編集者、ライター。okuyuki LLC代表。1984年東京生まれ。2006〜2009年までバンコクにて出版社勤務の後、2010年よりトラベルカルチャー誌『TRANSIT』編集部(Euphoria Factory)に在籍。同誌副編集長を経て2018年に独立。2018年より京都在住。https://www.oku-yuki.com/

写真:志鎌康平(しかま・こうへい)
1982年山形県生まれ。写真家。小林紀晴氏のアシスタントを経て、山形へ。「山形ビエンナーレ」や沖縄でのプロジェクト「地域芸能と歩む」のフォトグラファーなどを務める。現在、中国、タイ、ラオスでの少数民族の文化や日本国内の人・食・土地の撮影を行っている。展示に「土地のまなざし」(山形 KUGURU 2016年)「もうひとつの時間」(沖縄 rat&sheep 2022年)がある。荒井良二さんに描いていただいた絵本を元にアトリエ「月日坊」を2023年開設。第22回ひとつぼ展入選。東北芸術工科大学映像学科非常勤講師。https://www.shikamakohei.com
企画・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。