アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#165

創造性―愛おしさを形にする―
― 宮本しばに

(2026.09.05公開)

「こんな楽しいことが世の中にあったなんて!」
テディベアをはじめて作ったとき、思わず口にした言葉だ。

テディベアと落ち葉

長年、料理の仕事に携わってきた。それなりに形を残したつもりだし、レシピ本や台所道具の本も出版させてもらった。この仕事を続けようと思えばまだまだ続けられたのだ。けれどある日「卒業します」と宣言して辞めた。3年前のことだ。

その理由については長くなるので割愛するけれど、18年前に自然寛解した乳がんが再発したことがきっかけだった。心を裏返す、という表現がぴったりな、鉄の意志で立ち上がるエネルギーが必要だったのだ。

ちょうどその頃、テディベア作家との交流があり、見たことも触れたこともない、まして興味もなかったテディベアをはじめて作ったとき、今まで経験したことがないような高揚感を覚えて、その世界にグイグイと引き込まれていった。

2.テディベアと木jpg

それはまるでホンモノの生き物のようで、息づかいや体温さえ感じるのだ。こちちをじっと見つめるその目が「大丈夫、愛しているから」と言ってくれているようで、テディベアを完成させるたびに胸が熱くなった。凍りついた心がどんどん溶けていくような、照れくさい言い方をすれば「愛を形にする」という表現がぴったりで、当時の私には一番の“薬”になったことは間違いない。

人間の命は儚い。けれど、この手で作ったテディベアは100年生きてくれる。よし、命ある限り、この“生き物”で世界中を照らそう。大げさだけれど、ほんとうにそう思った。

料理の仕事を辞めた時期と乳がんの再発、そしてテディベアとの出会い。この3つの出来事が不思議にも同時期に重なり、これは天が示してくださった「道」に違いない、と本気でそう考えた。

今は「ちくちくベア」という会でテディベアの作り方を教えながら、アトリエでコツコツと作る日々だ。ときには心身の病気で苦しんでいる方に「小さな神様」としてテディベアをお渡しすることもある。今年は「12人のクマ僧.展」という小さな展示会をスタートさせたばかりだ。

クマ僧

クマ僧たち。テディベアの展示会用にマフラーを織っていたら突然、チベット僧が袈裟衣を纏っているイメージが浮かんできて、それからは “クマ僧”という設定で展示会を開催している

さて今回、アネモメトリ様から「愛用の道具について書いてください」とご依頼をいただいた。 数々の道具を思い浮かべる。料理もテディベア製作もたくさんの道具を使う。はてさて、どの道具を選ぼうか。あれやこれやとテーブルに道具を並べ、ずいぶん悩んだ。そしてようやく私なりの、多少ひねくれてはいるが、道具を選んだ。

それは「創造性」である。自分の内側にある、目に見えない道具だ。
創造性とは、独自の発想や新しいアイディアを作り出す力のことだ。モノを形にしていくために最初に使う道具である。

この道具は見えず、聞こえず、触ることもできない。けれど、すべての人が持っている優れた道具であると私は思う。頭の中で素描していくときの必須アイテムだ。ただしこの道具は、自らでその扉を開かなければ使えない。

一体、この道具はどこに存在しているのか。脳内なのか、それとも細胞全体で感じるのか。いずれにせよ、内側で湧き上がってくる感覚はこの道具の働きによるものだ。そして完成すれば、作り手の人格そのものになる。

私の仕事で言えば、同じレシピで料理をしても、作る人が違えばその味は変わる。また、テディベア製作では、作り手にそっくりなベア顔になる。同じ型紙を使っているにも関わらず、まるで分身のように出来上がるのだ。
「魂が入る」という表現があるが、それは創造した結果として、何かエネルギーみたいなものが、人の手や身体から伝わっていくことなのではないだろうか。

4. テディベア顔作り

5 横顔

この道具を使うときは、焦点のあて方が大事になってくる。どこを観るのか。何が自分にとって心地いいのか。「美しい」と思う基準は? そして私が一番大切にしているのが「愛おしさ」だ。創造した先に愛おしさはあるのか。常にそれを問わなければならない。

それは彫刻家が石の美しさを形にすること。陶芸家が土に生命を感じること。染織家が縦糸と横糸の交わりに心を奪われること。からだのどこかで感じる“愛おしさ”に心を揺さぶられながら表現していく。

創造性はモノづくりに携わっている人だけの話ではない。誰でも持っている道具だから、その扉を開けさえすればいいのだ。
家族や友人と過ごしているとき。見たり聴いたり、言葉を発するとき。風景を眺め、微かな音を感じる。 その一瞬一瞬の日常の中にこの道具は存在するから、今より少しだけ深く見つめて「愛おしさ」を拾っていく。この道具にスイッチが入る瞬間だ。

思考ばかりが働いていたらこの道具は育たないし、SNSを見ているばかりでも錆びてしまう。リアルな日常の中にある、風景や人に目を向けること。そして、そこに独自の「美しさ」や「愛おしさ」を見つけようとする意識こそが、この道具の性能を高くしてくれる。

目を見張って、手を動かして、目に見えるもの、見えぬもの、すべてを感じながら、朗らかに生きることが、この道具を活かすことになるし、生を受けた者の義務なのではないだろうか、とさえ思う。

私にとってテディベア製作は内面を描く尊いもの。それは創造の先にある「祈り」として存在しているのかもしれない。ありがたいことだ。

1.アトリエ風景


宮本しばに(みやもと・しばに)

テディベア製作人

1999年、野菜料理家として仕事をスタートさせる。約10年間、料理教室を開催。その後、乳がんを患い、一旦仕事を休止。西洋医学に頼らずに自然寛解する。
2011年、オンラインショップ「studo482+」を開設。昔からある日本の台所道具にフォーカスさせながら料理活動を再開。独自の視点で「素描料理」(造語)という料理哲学を説く。
がんの寛解から15年後の2022年、がんが再発。料理の仕事を“卒業”という形で終える。その後、テディベアとの出会いから「ちくちくベア」を発足。テディベアの作り方を教えながら、販売もスタートさせる。

書籍(新しい順)
『台所にこの道具』(アノニマ・スタジオ)
『野菜たっぷりすり鉢料理』(アノニマ・スタジオ)
『おむすびのにぎりかた』(ミシマ出版)
『野菜料理365日』(旭屋出版)
『おいしい野菜料理』(旭屋出版)
『焼き菓子レシピノート』(旭屋出版)
『ベジタリアンのおいしい食卓』(自費出版)

ちくちくベア
https://chikuchikubear.amebaownd.com/

インスタグラム
@shivanii482

アノニマ・スタジオ・Webエッセイ連載「素描料理」
https://www.anonima-studio.com/sobyoryouri/sobyoryouri-index.html