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アネモメトリ -風の手帖-

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#72

ひとと植物の関係を再構築する園芸療法士
― 寺田裕美子

(2018.11.05公開)

園芸療法というものを知っているだろうか? 植物を育て庭づくりなどを通じて、心身や社会参加の回復をうながす療法である。寺田裕美子さんは園芸療法が日本であまり知られていない20年以上前にアメリカの現場で学び、日本の福祉施設などで実践を重ねて、園芸療法士になった。
寺田さんがつかんだ園芸療法の魅力とは何なのだろうか? また園芸療法士とは具体的に何をするのか、寺田さんが20年以上、庭づくりをサポートしている現場でお話を伺った。

変化を見つけると自然と植物に手がのびる

変化を見つけると自然と植物に手がのびる

観察しやすい高さのレイズドベッド(立ち上がった花壇)

観察しやすい高さのレイズドベッド(立ち上がった花壇)

———園芸療法士になろうと思ったのはなぜですか?

わたしはものづくりが好きで京都造形の短大でランドスケープデザインや日本庭園について学んだあと、造園会社で公園の設計に携わっていました。設計には障がいの有無にかかわらず誰でも利用できるユニバーサルデザインを取り入れていましたが、設計でイメージした通りに利用していただけているか疑問に思うようになったんです。
そんなとき、欧米には心身課題について植物を育てることで回復をサポートする園芸療法士という専門家がいることを知りました。
会社の関係でアメリカへ園芸療法やユニバーサルデザインの調査に同行する機会がありました。その後、自身でも園芸療法をよく知る方を通じてアメリカの現場を訪ね園芸療法士に出合い、その仕事に魅力を感じるようになりました。園芸療法士は公園設計とは違って、直接ものをつくり出すわけではありません。ひとが病気や障がいを抱える状況には、病気そのものを治す医学的治療と同時に、病気や障がいを抱えながらも社会と関わり自身で生き生きとした日常を取り戻すことを必要とすることを知ました。園芸療法士はそこに植物を通じて自然やひとと関わりながらサポートしますものをつくり出さなくても、とても創造的な仕事だと感じました。

———日本には園芸療法というものがなかったのでしょうか?

農園芸が治療やリハビリに役立つことは、海外の取り組みや日本でも昔から経験的に知られていました、体系的に知識をまとめられていたわけではありません。戦後退役軍人のトラウマなどの精神疾患の対策に、アメリカではいち早く資格制度や教育カリキュラムがつくられ、園芸療法士という専門職として誕生しました。また、アメリカの園芸療法士の教育が現場の実践重視であるという点に惹かれ、わたしもアメリカで学び、園芸療法士としての仕事に携わりたいと思いました。そこで渡米し、知的障がい者施設の園芸療法の現場で研修の後、日本で農園芸を長年実施していた福祉施設の現場で実践を続け園芸療法士になりました。

———園芸療法士としてどんな活動をするようになったのでしょうか?

日本の各地で、アルコール依存の自助グループをはじめ、障がい者の方が働く施設や、重度知的障がい生活施設などで実践する中で、病院で過ごす時間よりも、病気や障がいを抱えたままで治療や療養しながら地域で暮らす時間の方が長い現状を知るようにもなりました。生活全般が受動的で、意欲が低下し、1日中ソファーに座り、見てもいないTVがつけっぱなしになっているような場面も多くありました。病気や障がいで本来の隠れてしまった能力を見つける必要があると感じました。
不活発な生活の中で起こる二次的な病や障がいが生じないように生活リズムを整えたり、能動的に自身の生活をコントロールしている実感や、一緒に生活しているひととの関係性を取り戻すことが園芸療法士の役割だと理解するようになりました。

———具体的にどんなことをしているのでしょうか?

対象者の心身の状況を確認し、植物への興味関心やこれまでの経験、希望など集約し、できるだけ自身で取り組め継続できる農園芸活動を探っていきます。使いやすい道具選び、出し入れしやすい収納、庭づくりの成果を他者と共有できるよう場の設定、各利用者が取り組みやすい栽培計画、栽培の動機と繋がり、継続性のある植物選びなど、対象者自身が関われるようサポートします。植物の世話をする役割意識が対象者の明日の段取りへ繋がっていくことや、外界の変化に気づき、それらに反応して自身で関わる手ごたえやその確かさが、自身の病や障がいへのとらわれを解くこともあります。園芸療法士がサポートに入る頻度も関係しますが、様々な心身の状況の方がおられますので、自発的に取り組んでもらえるようになるまで何年もかかることもあります
参加者のほとんどが園芸経験に乏しい場合が多く、障がいの箇所や心身の状態はひとりひとり違うので、個々に合った方法で庭の手入れや植物の栽培をしてもらっています。最初は、種のまき方や水のやり方など、マンツーマンで取り組み、1015人程度のグループで活動します。声掛けや模倣で動ける方もいらっしゃれば、ルーティンの工程をつくって繰り返し取り組んでもらうこともあります。何かしらの作業ができるようになり、園芸に関心をもってくれるようになるまでに5年もかかることもありました。

活動開始前の庭の様子

活動開始前の庭の様子

活動初期の庭の様子。伐採した枝をもらいに行き柵をつくった

活動初期の庭の様子。伐採した枝をもらいに行き柵をつくった

何もなかった庭に、多くの植物が植えられた。もらってきた竹で作った花壇枠

何もなかった庭に、多くの植物が植えられた。もらってきた竹でつくった花壇枠

———まずは関心をもってもらうことが大きなハードルだったんですね。

そのためにいろんな失敗をしながら、工夫を重ねてきました。庭づくりでは、どのように材料調達するのか、参加者らと相談しながらすすめました。参加者の知り合いに声をかけてもらって、竹林に竹取りに行きました。車いすのひとも一緒に。花壇の柵にする枝は伐採した枝をもらって運んだりして少しずつ取り組み愛着も膨らんでいきました。園芸療法士になりたての頃は教科書通りに、庭をハーブガーデンにしたんです。ローズマリー、ラベンダー、カモミールなどのハーブは花も香りも楽しめますし、ハーブティーにして味わうこともできます。でも誰も興味をもってくれないどころか不評でした(笑)。
年配の男性の参加者から、ハーブティーより緑茶が欲しいって言われました。それぞれの国の自然環境が生活文化と深く関わりますので、日本で親しまれてきた植物や、その育て方、そして園芸をするひとの好みに合わせた方法をうまく組み合わせることが当然必要だったのだと振り返ります。

写真は2代目のレイズドベッド。現在は3代目でレンガづくり

写真は2代目のレイズドベッド。現在は3代目でレンガづくり

活動日には毎回、活躍する移動式のキッチン“ローリングキッチン”。折りたためる周囲の作業台は、車いすに乗っていても楽に作業ができる

活動日には毎回、活躍する移動式のキッチン“ローリングキッチン”。折りたためる周囲の作業台は、車いすに乗っていても楽に作業ができる

———まずは参加者が楽しめるということが大事なんですね。

そうですね。作業をするだけではなくて休憩中にお茶を飲みながらおしゃべりすることも楽しみのひとつです。外でお茶をつくったり収穫したものを調理したりできるように、移動式のキッチンも毎回、用意しています。このアイデアは参加者と相談して、建築設計士のボランティアさんにつくっていただきました。移動キッチンができたことで、参加者全員が調理に参加できる環境が整いました。使い始めて15年ほど経ちますが、直しながら使っています。
いろんなひとからの声掛けも、参加者のやる気につながっているようです。「この花を育てているのは誰?」とか「あれはどうやって育てるの?」とか、声をかけてくださいます。それが育てたひとの誇りになって、やる気にもつながるのだと思います。
活動の3年目から参加していたある男性は、はじめは園芸に興味がなかったのですが、回を重ねるごとにやる気を出して、とても熱心に植物を育てるようになりました。そして庭の植物を挿し木や種から増やすことを提案して、自室のベランダで種を芽吹かせ、本当にたくさんの植物を植えてくださいました。活動日以外にも毎日、仕事の合間に植物の世話をされていました。庭のクレマチスは、彼が年4回咲かせるよう剪定して世話をしてくれました。残念ながら2年前に亡くなられたんですが、庭に植えてくれた植物は他のひとたちが世話を続け、今年も花を咲かせています。

2年前に亡くなった参加者が育てたクレマチス。他の参加者が世話を引き継ぎ今年も花を咲かせる

2年前に亡くなった参加者が育てたクレマチス。他の参加者が世話を引き継ぎ今年も花を咲かせる

ブロックでかさ上げしたレイズドベッドの畑。前面には台が取り付けられ、車いすから乗り移ったり、あるいは座ったままで作業ができる

ブロックでかさ上げしたレイズドベッドの畑。前面には台が取り付けられ、車いすから乗り移ったり、あるいは座ったままで作業ができる

———熱心なひとがいると、周りのひとも刺激されてやる気になりますよね。

日頃、充分に自身の力を発揮できていない状況であった場合、できる実感は大きな自信になりますし、庭では他者と成果を共有できるので、活動に力が入るようになると思います。野菜づくりがとても上手なひとがいるんですが、周りもつられてがんばってくれています。このひとはここまでくるのに15年くらいかかっています。記憶に障がいがあり、その場でメモをとらないと直前の作業で何をしたのか忘れてしまう状況です。半身まひなどの障がいも重複しておられるので、はじめは文字を書くこともほどんどできませんでした。ですからペンを持つところからスタートして、地道に文字の書き方を覚えながら野菜づくりの方法もマスターされました。とてもまじめに取り組んでこられた結果、今では率先して作業を行う野菜づくりのプロフェッショナルみたいな存在です。
参加者のみなさんは、ほんとによくやってくれているなあと思います。体が自由に動かないと、歩くという動作だけでも大変なことなんです。その中で新しいことに取り組むというのはすごくエネルギーがいりますし、多大な努力をしないと続けられないと思います。

収穫した千成ひょうたん

収穫した千成ひょうたん

活動初期は少ししか収穫できなかった野菜

活動初期は少ししか収穫できなかった野菜

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———20年以上関わってこられて感じる、園芸療法の魅力とはなんですか?

園芸療法の魅力というのは、継続性だと思っています。病や障がいを抱えたままの長期の生活の中でもずっと継続していけること。地道に世話をすれば、ちゃんと育って応えてくれますし、周囲のひとと共有できます。庭での過ごし方は活発な活動のONの活動と、ゆっくりただ過ごすOFFの時間があります。3時間ほど行う活動でも、みんなよく手を止めておしゃべりをしながらリラックスしています。中にはおしゃべりをしにくるだけというも参加者もおられますがそれも大事です。自分に合ったペースで続けられます。
ひとりで体を鍛えようと思っても、なかなか続けられないですよね。園芸療法は仲間と一緒に楽しみながら、外に出る習慣がついて自然と体も動かせます。そういう緩やかさがあるので、継続して行っていけるのだと思います。
リハビリテーションでは、3ヶ月とか6ヶ月で結果を出すことが求められます。園芸療法はこの「短期間で改善させる」という考え方から離れたほうが、その魅力を生かせると思います。
ある参加者が話していたのですが、事故で障がいをもった場合、退院してからも長い生活が待っています。そのときに部屋に閉じこもらず、継続して体を動かしてひとと交流できる園芸療法のようなものが必要だとおっしゃいます。園芸を通じて継続的に自然と触れ合う機会は精神も安定します。コツコツと植物を育てることで日々の確かさを実感でき、それが心の支えとなるのではないでしょうか
障がいを抱えて、それまでできたことができなくなると、さまざまなことに対してやる気を失ってしまうそうです。ですが園芸療法を長く続けてきた方が「やればできるものだ」「同じ障がいのひとに伝えてあげたい」と話されたことがあって、わたしもすごく嬉しかったですね。現場では園芸療法士は参加者と一緒に作業に取り組みます。サポートするひともされるひとも、お互いに対等の関係で取り組めるというのも魅力だと感じます。一方的な役割ではなく、参加者に教えてもらう場面もあります。参加者全員で植物を育てひとつの庭をつくり上げていくイメージです
現場には小学生のボランティアチームが来てくれることがあるんですが、施設に入っているひとたちが小学生に園芸を教えておられます。

施設の畑で育つ伏見唐辛子。記憶の障がいと身体の障害を重複する参加者が15年の大変な努力の末、植物の性質を把握して自身で野菜を育て上げる

施設の畑で育つ伏見唐辛子。記憶の障がいと身体の障がいを重複する参加者が15年の大変な努力の末、植物の性質を把握して自身で野菜を育て上げる

庭にあるビワの木は、10年ほど前に育て方を学んだ参加者が昼食のデザートに出たビワの種を植えて大きく育った

庭にあるビワの木は、10年ほど前に育て方を学んだ参加者が昼食のデザートに出たビワの種を植えて大きく育った

———今後の展望を教えてください。

日本で園芸療法が紹介されて30年ほど経っています。各国にも園芸療法士がおりますが、私たちも欧米の形や表現にとらわれてしまう傾向があるので、理論とその方法・意味を捉えて日本の環境やひとの生活文化庭園文化を取り入れた日本の独自の園芸療法を見つけたいですね。

取材・文 大迫知信
2018.10.6 京都の障がい者施設にてインタビュー

寺田裕美子(てらだ・ゆみこ)

京都府生まれ。京都芸術短期大学造形芸術学科卒業、京都造形芸術大学大学院(通信教育)日本庭園分野修了。アメリカ園芸療法協会認定園芸療法士(HTR)「笑福庭」代表として園芸療法の庭の設計やプログラムを実施。大阪信愛学院短期大学客員教授、兵庫県淡路景観園芸学校園芸療法課程、近畿大学農学部などで非常勤講師を務める。


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業後、大阪在住のフリーランスライターとなる。国内外で取材を行い、経済誌『Forbes JAPAN』や教育専門誌などで記事を執筆。自身の祖母がつくる料理とエピソードを綴るウェブサイト『おばあめし』を日々更新中(https://obaameshi.com/ )。2018年度より京都造形芸術大学非常勤講師。7月23日発売の月刊誌『SAVVY』9月号より「春夏秋冬おばあめし」を連載中。