アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#166

時間の中にある陶。移ろい・繋がり、今をかたどる
― 神内康年

(2026.09.13公開)

陶芸家・神内康年さんの、スチールメッシュに纏わせて低温焼成された陶は、均一さや堅牢さからは遠くにある。まばらに黒い土肌に浮かぶ文字や写真、彩色は、浮かんでは消える記憶の景色のようだ。
神内さんが制作において一貫して向き合ってきたテーマは「時間」である。作品のモチーフや素材も、いつもその中にあった。原生林で土器の破片を拾った幼少期の記憶、留学先での学友たちとの生活、蚤の市で買ったガラクタ、子供達が使わなくなった玩具……。全ては時間に運ばれ、移ろい、繋がりながら、今をかたどっていく。
昨冬から今夏までの闘病を経て、制作への考え方、ひいては自身の在り方に大きな変化が生まれたという神内さん。今回は、神内さんのこれまでの制作を振り返りながら、現在地を言葉でかたどってみよう。

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撮影:山岸靖司

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神内康年展「moon」
2025年8月3日~8月24日
ギャラリー門馬
撮影:山岸靖司

———神内さんの作品を初めて見る方は、陶芸への印象が更新されるかもしれませんね。

土で造形表現されたものは、それが生であれ乾燥したものであれ、焼いたものであれ全て陶だと思っています。京都市立芸術大学で、「オブジェ陶」の先駆者である八木一夫(註)先生に出会いました。最初は器を作ろうと思っていたんですが、先生の黒陶の作品を見てこんな世界があるんだと驚いて、そっちに自分のやりたい気持ちがずっと引きずられて、今まで続いているんです。
当時はオブジェ陶をやる学生は本当に少なくて、学年に一人か二人か。その分、先輩たちとたくさん交流できて良かったですね。八木先生に影響を受けて、黒陶の還元焼成をずっとしていたかな。本来器が好きだから、用途のある器も並行して作りながら。

(註)
八木一夫(1918―1979)
戦後日本の陶芸家。「走泥社」を結成し、器から離れた彫刻的で自由な「オブジェ陶」を切り拓いた。

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撮影:山岸靖司

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撮影:山岸靖司

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神内康年展「moon」
2025年8月3日~8月24日
ギャラリー門馬
撮影:山岸靖司

———制作における主題は何でしょうか。

自分の中に通底しているものは「時間」だと思います。素材の変遷も色々とありましたし、展示形式もインスタレーションになったり平面作品になったりしてきたけれど、一貫して時間と関係づけたものとして制作していますね。

《Untitled》 400×180×18cm ステンレスメッシュ、ステンレス棒、陶土、新聞紙 1989

《Untitled》
4000×1800×180 mm
ステンレスメッシュ、ステンレス棒、陶土、新聞紙
1989

《Untitled》部分

《Untitled》部分

———1994年の「クレイワーク」展に出品された作品のうちの一つ、現在、国立国際美術館にも収蔵されている《Untitled》(1989)もまた、時間を扱ったものです。

時間というテーマの中でも、特に移ろいゆくもの、消え失せる感覚を大事にしていて、自分の制作のベースにあります。《Untitled》としているように、自分の中でもはっきりとしたコンセプトがないままに、ただ時間とともに移ろっていくものとしてシート状の作品を重ねているのですが、ただそれを束ねるように、ステンレスの棒でシートを壁に固定しています。この作品で行っていることはそれだけで、それぞれの移ろいを、ひと時だけ、止めているんです。

《Page「C」》 170×480×150mm アイアンメッシュ、陶土 1983

《Page「C」》
170×480×150mm
アイアンメッシュ、陶土
1983

1983年、イタリア・ファエンツァの共同アトリエで

1983年、イタリア・ファエンツァの共同アトリエで

———神内さんの作品の多くに、ステンレスメッシュに陶土を付着させ焼成する技法が使われています。この特徴的なスタイルはどのように生まれたのですか。

イタリア・ファエンツァに留学をしていた頃、偶然から生まれた手法です。あるとき、粘土板に格子状のレリーフをつくりたくて、鉄の金網を押し当て土を刷り込んでみたんです。結局あまり狙ったように格子状の線は取れなくて、失敗かなと金網を剥がしたところ、金網に土が薄く付着していて、これは面白いんじゃないかと。薄さと、軽さが気に入ったのかもしれません。それからは、この造形技法でどんどん作り出していきました。この手法を使って初めての作品が、1983年の《Page「C」》です。真ん中で金網が折れ曲がっていますが、本のページを捲るようなイメージで作りました。よく見てもらうと、表面に英字のスタンプが押されています。作品を作り上げたというよりも、楽しみながら遊び感覚でしあがった作品です。この作品は、たまたまアトリエを訪れたイタリア人の方に購入していただきました。忘れられない感動の一瞬でした。

1985年、フランス・エクサンプロバンスでの個展会場。金網と陶土を用いた初期作品と

1985年、フランス・エクサンプロバンスでの個展会場。金網と陶土を用いた初期作品と

———土に触れた原風景はどこにありますか。

子供の頃は北海道の、札幌から30キロくらい北部にある江別に住んでいました。江別には原生林があって、たまに自分の気持ちを静めるために出かけていたのですが、そこで偶然縄文土器の破片を見つけたんです。その頃の江別周辺は、建物も少なく農地や平原が広がり、道もアスファルトじゃなくてどろんこ道でした。人けも何もない、そんな場所で拾い上げた縄文の破片から、かつてここに人がいたんだという強いメッセージを受けとったような気持ちになりました。小学校の低学年から5年生ぐらいまでは、一人で原野などをさまよっては土器や石鏃を見つけたりする時間が好きでした。江別の隣町の野幌には明治時代からの続くレンガ工場があります。そこでレンガ用の土をもらっては、作ったものをストーブにいれ焼いてみたり、陶芸の真似事をしていました。
低下度で焼かれた黒陶の黒く炭化した土肌は、メタリックな表情だけれど素材自体は柔らかい。それが縄文土器の素材感と共通しているものを感じていたんでしょうね。

《消えゆく・グレー》 インスタレーション ステンレスメッシュ、陶土、灰 1993

《消えゆく・グレー》
インスタレーション
ステンレスメッシュ、陶土、灰
1993

———原生林を歩き太古の陶芸に触れた記憶が、今にも繋がっているんですね。

カナダのバンフ・アートセンターで制作した作品《消えゆく・グレー》では、焼成の際の燃料として現地の森で集めた枯れ枝や枯れ葉、動物の糞を用いました。インスタレーションとして展示した際、焼成したときに出た灰もひとつの構成要素として展示しました。作品が生まれるために必要だったものが展示空間にそのまま反映されていて、こんな風に自然と、作品と、展示空間が一体感をもった制作は《消えゆく・グレー》が唯一で、自作品の中でとても印象に残っています。

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《光る家》 130mmx280mmx180mm 陶土、ステンレスメッシュ、黄土 2022 – 「家のモチーフの作品もたくさん作ってきました。家は僕自身なんです。ただ、窓もドアもない。僕自身が、どちらかというと閉鎖的なところがあるから、自然と入口がない家ができたんだと思います。でも隠しているつもりでもどこかに隙があって、隙間から光が染みている」

《光る家》
130×280×180mm
陶土、ステンレスメッシュ、黄土
2022
–
「家のモチーフの作品もたくさん作ってきました。家は僕自身なんです。ただ、窓もドアもない。僕自身が、どちらかというと閉鎖的なところがあるから、自然と入口がない家ができたんだと思います。でも隠しているつもりでもどこかに隙があって、隙間から光が染みている」

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《ロンド》 インスタレーション 1998 - 「好きな作品です。ロンド(輪舞)のように輪になり踊り回りながらも、いつの日か倒れて崩壊していく。今立っているものも、どれかはいつか崩壊していく儚さをイメージしたインスタレーション作品です」

《ロンド》
インスタレーション
1998
-
「好きな作品です。ロンド(輪舞)のように輪になり踊り回りながらも、いつの日か倒れて崩壊していく。今立っているものも、どれかはいつか崩壊していく儚さをイメージしたインスタレーション作品です」

《渡せ舟》 1380×1000mm 陶土、ステンレスメッシュ、墨、鉛、漆、銀粉、トンボの羽、植物繊維 2024 筆者撮影

《渡せ舟》
1380×1000mm
陶土、ステンレスメッシュ、墨、鉛、漆、銀粉、トンボの羽、植物繊維
2024
筆者撮影

———今ご自宅でお話を伺っていますが、目の前には2024年の個展で展示された《渡せ舟》が掛かっていますね。近くで見ると圧倒されますね。表面に写真が浮かび上がっていますが、これは新聞ですか。

新聞を巻きつけて焼成すると、紙面のインクが転写されてこんな風に焼き付くんです。焼き上がるまではどんな風になるかわからない、偶然の産物です。親父が写真が好きで、家で親父の現像を手伝っていたんだけれど、現像液に浸すと写真が浮かび上がってくる、あの感覚と重なるような気もするんです。

《渡せ舟》部分

《渡せ舟》部分

作品の土表面に広がるモノクロの世界は、黒陶焼成によって窯の中で生み出されたものです。黒色の濃淡、新聞紙からの転写画像の部分も見えない窯の中で焼き付けられたものです。焼成後、土表面から受け取る印象とイメージを基に制作が始まります。土表面を横に走る白い部分は川。川の下部は現実の場。向こう岸は異界の場。川の対岸に渡るためのトンボ羽の小舟。対岸に見える電線のような銀色のライン。川、小舟、電線などの要素を土の表面に置きながらイメージを具体化していきます。「はじめに、土表面ありき」です。

《渡せ舟》部分 - 川辺には、トンボの羽を素材に描かれた一艘の舟が

《渡せ舟》部分
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川辺には、トンボの羽を素材に描かれた一艘の舟が

———不均一な土肌は、まるで浮かんでは消える記憶の揺らぎのようで。

そのように見てもらえると嬉しいですね。裏打ちもしているから、触って崩れるというものではないけれど、絶対に普通の焼き物よりは脆いですね。これから時間とともにどう変容していくのか、という不安な気持ちもありながらですが。これまでは空間的なインスタレーションの表現形式が多かったのですが、近作ではより平面の作品を制作することが多くなってきています。平面作品では、いろんな技法を試しながら、これまでより作品と正面から向き合えている感覚が嬉しいです。
学生時代に八木先生がよく「かろみ(軽み)が大事やで」と言われていました。八木先生が言われていた「かろみ」については、その時はよくわからず興味もありませんでしたが、遅まきながら、今はその言葉がこころに響きだしています。
去年の暮れに入院をして、8ヵ月間、病と闘っていました。お陰様で幸いこの夏に寛解しまして、今こうして家に戻ってこられました。病にかかる前と今では、自分自身と作品に対する感じ方、考え方が変わってきました。

———闘病を経て、師からの教えが再び意識されだしたのですね。

大病を患い入院をすると、作品を創作することなどは考えられませんでした。退院した今、これからどのような作品づくりができ得るのかを考え始めています。体調を見ながら、少しずつ制作を進めています。もう一方で創作から離れた自分を想像することもあります。どちらにしても、いつしか心が軽くなり「かろみ」を覚えられるように、これからの生活を見つめ直したいと思っています。

現在制作中の香炉 筆者撮影

現在制作中の香炉
筆者撮影

———お隣に並んでいる作品は、香炉ですか?

そうですね。今作っているもので、僕の一番新しい作品です。ただ、もともと香炉として作ったものではなく、以前はインスタレーション作品だったものの一部をリメイクしているんです。この土台部分、よく見ると子供のおもちゃのピストルや首飾りが型取られているのがわかりますか。記憶を記録するために、子供たちがもう使わなくなったおもちゃなどを土に押して型をつけた作品だったものです。これらの作品を室内に保管せず、全て屋外に放置していました。風雨にさらされ、凍結して割れたりもします。時がこの作品を運んでくれて、今の形になっています。

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現在制作中の香炉 筆者撮影

現在制作中の香炉
筆者撮影

1983年、ロンドンのポートベロー・ロード・マーケットで購入したアンティーク。神内さん曰く、「がらくた・たからもん」 筆者撮影

1983年、ロンドンのポートベロー・ロード・マーケットで購入したアンティーク。神内さん曰く、「がらくた・たからもん」
筆者撮影

その元となった作品と組み合わせているものの一つが、1983年にロンドンのポートベロー・ロード・マーケットで買い求めた、壊れた陶製パイプとボディーです。これら2つのものは、18、19世紀にイギリスで製造された陶製人形の胴体とパイプであったそうです。他のパーツもこのままガラクタで終わらせてしまうのは忍びないと思い、手始めに過去の作品と組み合わせて香炉にリメイクしています。この香炉から漂う煙は、まるで移ろいながら消えてゆく記憶のようで、そのさまに、おもしろさを感じています。
ブリコラージュという表現手法が生まれる以前に、日本には、桃山~江戸時代に異種の陶磁片を寄せ集めて造作された「よびつぎ茶碗」という茶碗があります。異質な異種なものが組み合わされ、新たな世界観を生み出す造形表現「よびつぎ」に惹かれています。
僕の周辺には、時間が運んでくれたものがたくさんあります。当時の自分と、今の自分とでは、ものとの接点が変わってきているように感じています。どのようにそれらと向き合えるのか手探りしながら形にしてゆこうと思っています。

1985年、南フランスのコート・ダジュールで集めたガラス片

1985年、南フランスのコート・ダジュールで集めたガラス片

《コート・ダジュール・青・ガラス片》 200×260mm ステンレスメッシュ、陶土、楽釉、ガラス片 2022

《コート・ダジュール・青・ガラス片》
200×260mm
ステンレスメッシュ、陶土、楽釉、ガラス片
2022

———神内さんの出会ってきた時間の断片が、移ろいながら、繋がりながら、今をかたどられているのですね。これからの新たな造形が楽しみです。

これから自分はどういう創作をしていきたいのか、あるいはもうその場から離れたいのか、あまり深くは考えないようにしています。今は、ただ生きているというニュートラルな状態で、毎日の自分のあり様に焦点を当てていきたいと感じています。展望を持つのは自分に負荷をかけるように思えるから、今やれることを、日々やることだけが目標です。
ようやく僕も僭越ながら「かろみ」の領域に一歩踏み込みたいと思えるようになりました。出来うる限り身軽になり生活してゆきたいと思っています。

ご自宅の窓辺には、時間の断片たちが繋がれていた 筆者撮影

ご自宅の窓辺には、時間の断片たちがささやかに繋がれていた
筆者撮影

取材・文 辻 諒平
2026.08.26 神内さんのご自宅にてインタビュー

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神内康年(じんない・やすとし)

陶芸家・京都芸術大学名誉教授

1953年 北海道江別市生まれ
1972年 北海道立札幌北高等学校卒業
1979年 京都市立芸術大学陶磁器科卒業
1981年 京都市立芸術大学陶磁器専攻科修了
1983年 ファエンツァ陶芸専門学校在学(Faenza School of Ceramics・イタリア)
1984年 ボローニャ美術大学在学 (Bologna University of Arts・イタリア)
1985年 エクサンプロバンス美術大学在学(Aix-en-Provence University of Arts・フランス)
1993年 バンフアートセンターにて滞在制作 (Banff Centre for the Arts・カナダ)
1997年 滋賀県立陶芸の森にて招待作家として滞在制作
2008年 京都造形芸術大学芸術学部 美術工芸科 教授 (2018年3月迄)

主な個展・グループ展
1983年 「第41回ファエンツァ国際陶芸展」|ファエンツァ・イタリア
1985年 「Exposition de Ceramique」|Galerie la Margelle(エクサンプロバンス・フランス)
1990年 「土の発見展」|滋賀県立陶芸の森陶芸館(滋賀)
1991年 「セラミック・アネックス.シガラキ’91」|滋賀県立近代美術館(滋賀)
1993年 「個展」|The Other Gallery(バンフ・カナダ)
1994年 「クレイワーク」|国立国際美術館(大阪)
2002年 「個展―On the floor/インスタレーション」|ギャラリー門馬ANNEX(札幌)
2013年 「アジア国際現代陶芸展」|愛知県立陶磁器美術館(愛知)
2024年 「個展―doublemoon」|ギャラリーなかむら(京都)
2025年 「個展―moon」|ギャラリー門馬(札幌)
ほか、国内外で個展・グループ展多数。

受賞
1983年 「第41回ファエンツァ国際陶芸展」金賞|イタリア・ファエンツァ

1989年 「第2回国際陶磁器フェスティバル美濃’89」銀賞・文部大臣奨励賞|岐阜

1990年 「第1回京都工芸選抜展―現代の工芸―1950年以降に生まれた作家たち」大賞|京都

1993年 五島記念文化財団 美術新人賞|バンフ・アートセンター(カナダ)にて制作研修

Instagram:@jinnaiyasutoshi


ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)

アネモメトリ編集員・ライター。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。