3)海外からの移住者 それぞれの「ここに住みたい」
東吉野村の「住みたいなら、住んでもらったらいいやん」という姿勢は、日本人のみならず海外からの移住者にも及んだ。#158、#159で紹介した4組のように、東吉野村は地域おこし協力隊・集落支援員ともに、海外からの移住者にも適用させている。
坂本:海外からの移住者を協力隊や支援員として受け入れる手続きは(日本人よりも)大変らしいですけど、村長や役場職員の方たちが頑張ってはって、人が継続して集落に残っています。これも新しい地平なんちゃうかなと思ってて。
東吉野村で暮らすことを望み、海を渡ってきた移住者たちは結果として日本文化の継承や村の発展にかかわっている。
そのベースには、前回紹介した坂本さんの父・坂本和之さんの存在がある。2003年に自分の意思でこの村に移住し、作品の制作に取り組み続けているアーティストだ。その背中を見て「自分が何をしたいか」を自問自答するクリエイターは少なくないのだろう。村でいち早くAirbnbを始め、滞在した人たちとの交流が移住にもつながっている。
坂本:僕も父親から、影響を受けていますね。あの人はずっと愚直にやっているし、父の周りにいてた人らもアーティストで、似た感じやったから。みんな変わってるんですよ。「具体(具体美術協会)」(*)の人たちとか。「人と同じことをするな」っていう大人たちで、清々しいし、かっこよかった。
個性とは、近しい人に影響を受け、磨かれ、そうして際立っていくものだ。坂本さんや、その後に東吉野村へ移住したクリエイターたちの活動は、その後に村に移り住む人たちの幅を広げることにもつながってきた。
さらに、10年前には、移住者のほぼ全員がオフィスキャンプ東吉野を村への入り口にしていたが、今はそれに加え、移住者自身も村への入り口になっているのだ。
坂本:青木くんや西岡さん、ほかにも木工作家など、クリエイターを訪ねてくる若い子がけっこういるんです。フィリックスのもとにも、イギリスから建築家志望の学生が訪ねて来て、仕事を手伝っていました。村に来る目的がはっきりしているんですよね。
そういう意味では最近の移住者たち・来訪者たちは、僕たち移住の第二世代よりも、スタート地点がもっと先にあるというか、本質により近いように見えます。「自分はここに住んでこれをしたい」という明確な思いがある。それが日本の地域を元気づける一助になる可能性はめちゃくちゃあると思います。

メキシコから移住した研究者のアンドレス・カマチョさんと語らう。東吉野村の村史の本を役場から預かったカマチョさんに対して「そんなん読む人、他におらんから。誰よりも村の歴史に詳しくなるんちゃう」と坂本さん
(*)戦後、関西で結成された前衛美術家の団体


