アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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糸と駒、撥もしくは白扇
― 重森三果

(2018.09.05公開)

本名と芸名、それぞれの名前で少し違う仕事をしています。
芸名の新内志賀では江戸時代から続く新内という浄瑠璃の太夫として、見台を前に白扇を手に正座し、三味線と上調子の連れ弾きにのせて、夫婦や親子の情愛、恋人同士の愁嘆場、公達と豪傑の合戦、さまざまな人間や情景を唄い語り分ける語り物の太夫として舞台に上がっています。
古典の新内の演奏では太夫と三味線弾きは分業ですが、新作では弾き語りというかたちで、自らが書き下ろした台本に作曲、上演しています。
先日は茨木市の隠れキリシタン遺物から歴史を学び物語をつくり、リュートをゲストに迎えて共演。こんな風に芸名では古典と新作の新内の演奏活動をしています。
本名では、ブラジル移民の物語をボサノバアーティストと、仏舎利と鬼の物語をシタール演奏家と、作品のコンセプトごとに共演者を迎え、新内の形式にこだわらず創作し上演しています。『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』の歌謡から節付けした曲などを笛と鳴り物で歌うユニット「やしょめ」でのコンサート活動も。
現代音楽や現代美術・演劇の領域の作品にも参加しています。ジョン・ケージの曲に三味線の弓弾きで加わったり、野外劇のトレーラーに乗って三味線を弾き唄い老婆を演じたり。
京都で制作されている映画やテレビの時代劇や現代劇の劇中邦楽にも長い間ずっと関わってきました。江戸の芸者や京都の芸妓に扮装してさんざめく遊興の音を奏でたり、三味線を弾く俳優さんを指導したり。映像の仕事で必要とされる劇中邦楽は新内でないことがほとんどで、この10年間で新内を演奏させてもらったのは鬼平犯科帳ファイナルだけでしたが、最後の鬼平に参加できたことは大切な思い出になりました。そういうわけで語り物の新内のほかに、小唄、端唄に加えて上方唄、大和楽、唄ものの勉強を数年前から始めたのです。
邦楽には様々な種目の三味線音楽があり、やればやるほど奥が深く、固有の音色や節、声、それぞれに個性と魅力があります。
江戸の音色では長唄や小唄、端唄といった唄ものに、豊後系浄瑠璃の常磐津に清元、新内。上方の音色といえば義太夫や地歌。津軽三味線や沖縄や奄美の三線といった土地の音色。それぞれの地域の言葉とイントネーションにのせて、折々の時代の情景や人の心情が三味線にのせて歌い継がれてきました。
移り変わり消えてしまった情景、いつまでも変わることのない人の情が、唄や語りには残っています。
三味線は中国の三弦(さんしぇん)が琉球に伝わって三線(さんしん)となり、室町時代末に大坂の堺に伝わったと言われています。ニシキヘビのかわりに犬や猫の皮を張り改良が加えられていきましたが、三味線にあって中国の三弦と琉球の三線にないのがサワリという構造です。
演奏種目よって材質と形状が違う駒は演奏時に胴体の皮の上に置きますが、三味線の糸巻きがある糸蔵の下に付けられた上駒は三筋の糸のうち三の糸と二の糸だけが乗せてあり、一の糸ははずしてあります。そのため一番太い低い音色の一の糸は三味線の棹に直接触れ、美しい雑音といえるような固有の響き、複雑な倍音を持った音サワリが生まれるのです。調弦と勘所が合ったとき、一の糸のサワリによって、撥を下ろさずとも二の糸三の糸に一の糸が共鳴し深く響き合います。
ところで虫の鳴き声の認識は日本と海外では異なるとか。上演演目の選定にも季節感は大切にされていますが、「虫の音」といわれる三味線音楽に共通したフレーズを聞くとき、秋の到来に思いを馳せ、虫の音すだく月に照らされた秋の野が心に描かれていきます。優れた演奏を聴くとき、自然のただなかにいる、そのような気分になります。
それから「間」。間は魔物といいますが、日本の美術に余白の美があるように、日本音楽にも息をつめ、音を潜めることによって発する、無音の美、間があります。
音の空間と時間の中で、演者が気迫を込めた注意深い沈黙は、間という音楽です。
奈良時代に朝鮮半島や中国、大陸からの音楽を輸入した雅楽が平安時代に日本化して今日まで継承されてきたように、三味線も室町時代の末に日本に伝来して日本化され、様々な種目に分かれながら継承され発達をとげてきました。けれどもシルクロードをその祖型たちが伝来して来た当時のままに、丁寧に人の手仕事によって縒りをかけられた、クチナシで染められた絹糸が今日でも三味線の糸なのです。
江戸という閉じられた時代に外国からの影響を受けることなく、洗練されていった音。
世界の民族音楽を研究された小泉文夫さんは新内がお好きだったそうで、世界のどの音楽にも新内は似ているものがないと書かれています。
新内の古典を伝承し、そこで学んだ技術や型を生かし、新しい作品をつくるよう努力しています。歴史に題材を得たり今日的な問題を取り上げたりと、毎回書くたびに苦心していますが、自分でつくりあげた物語の人物に浄瑠璃のなかで命を吹き込むことが、ただ面白くてならないのです。
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重森三果(しげもり・みか)

和楽アーティスト。邦楽演奏家。京都市生まれ。幼少期より江戸浄瑠璃新内節を研進派初代家元・新内志賀大掾及び新派家元・富士松菊三郎に師事。小唄を里園派宗家・里園志寿栄及び里園志寿華に師事。2012年研進派家元、並びに新内志賀の襲名を果たし、現在は一門の指導・育成に献身している。本名の重森三果名義では、さまざまな文学をもとに脚色した作品や自ら書き下ろした楽曲を、新しい試みをもって精力的に発表している。また数多くの映画・テレビ等において邦楽指導、演奏出演するなど多岐にわたって活動をしている。2014年文化庁芸術祭音楽部門優秀賞受賞。