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アネモメトリ -風の手帖-

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#65

プラマン―使いきりの万年筆―
― 津田朋延

(2018.05.05公開)

使いきりの万年筆、という言葉を聞いてアイロニカルに感じるのは僕だけだろうか?
万年筆は英語で書くとfountain penだから噴水ペン。中からインクが溢れてくるからだろう。
噴水という言葉からもたしかに限りなく噴き出しつづけるイメージを想像することができるが、おそらく万年の筆という意味の言葉は日本にしかないのだろう。
だからあくまでガラパゴス的なことに過ぎないが、使いきりの万年筆という言葉は僕にはちょっとおかしく聞こえるのだ。
30歳で建築士として独立したときにウォーターマンの万年筆を手にいれた。
アインシュタインが一般相対性理論を書いたというトリビアに導かれて購入したその万年筆は、その後数ヶ月のうちにどこかに消えてしまった。
きっと近くのブラックホールに吸い込まれてしまったのだろう(アインシュタインは1920年代にはウォーターマンの万年筆を、1930年代にはペリカンの万年筆を愛用していたといわれる。後にポール・エーレンフェストが譲り受けたそのウォーターマンの万年筆はライデンの国立民族学博物館に展示されている)
そもそも建築現場に行くとペンや巻き尺や三角スケールは頻繁に置き忘れられ、それらは必ず闇に葬られる宿命だ。
この使いきり万年筆を手にしたのも、失くしても痛くないという単にそんな動機からだった。
しかし不思議なことにこの「使いきり=使い捨て」はその後10年間失われることなく、僕の手元でいまだに活躍している。
使い捨てが相棒だなんて言うとなんだか複雑な気持ちだけど、彼が手元にいないと少なからず僕は動揺する。
ところで、僕が大学生のときには平行定規によって描かれていた建築の設計図面は、いまは専らCADとよばれるPCソフトウェアで作成する。
ここでの指令にはもちろんペンではなくマウスを使っている。
CADうと設計図面の大半はオートマティックに出来上がるのだろうと想像する人がいるかもしれない。
ほかの設計者のCADの使い方はわからないので僕の場合に限定すればだが、ほぼ手書きと同じようなプロセスで線を本ずつ引いている。
これは僕のCAD導入が遅かったからではなく、むしろかなり早い時期からCADをつかって作図していたからで、いまだに25年前と同じアナログな描き方をつづけている。
11001/5などの縮尺スケールはCADではクリックひとつで変換できるが、僕はそういう描き方をしない。それぞれのスケールに必要な10種類くらいの太さの線を選択し、出来るだけ手書きに近い表情の図面をつくる。
設計図面は施工者に手渡されたあと、現場の職人や様々な材料業者や工場製作者など直接話すことのない人たちにも伝播していく。
ひとり歩きをするそれらの図面が建築家の唯一の意思伝達メディアだとすれば、なおさら情報記載されただけの絵心ない図面は描きたくないのだ。
そんなことから考えると僕にとっては、ペンや鉛筆とマウスは同じということもできる。
主に使いきり万年筆を使うのは建築のある部分の納まりを即興で描くとき、そしてデザインスケッチをするときだ。
僕は施工現場での打合せや出張時の新幹線やホテル、時間潰しの喫茶店でスケッチをすることが多いが、この時にいちばんしっくりくるのがぺんてる社の使いきり万年筆「プラマン」。
プラスチックの万年筆だからプラマン?
もしそうだとすれば、そのネーミングはちょっと酷いと思う。
しかしこの万年筆の筆先はものすごく工夫されていて、2mm程度の平らな樹脂製のホルダーは表裏で先端の角度が異なる加工を施されている。しかもそのホルダーを挟むグリップは表裏でその長さが加減されているのだ。プラマンは発売からかれこれ40年のロングセラーだが、未だその筆先の性能には使いきりとは不釣り合いな開発者の情熱を感じずにはいられない。
この絶妙な硬さと形状をもつホルダーのおかげで、筆圧の加減と表裏の使いわけによっていろんな太さで様々な表情をもった線をひくことができるのだ。
描きたいという自分の意志の思うまま、時には思っている以上に的確な線をプラマンはそこに描写してくれる。だから線をもっと描きたい、文字ももっと書きたいというモチベーションを掻き立ててくれる。
まさに噴水のようにアイデアが表出するのだ。
要するにプラマンは、万年筆の廉価版などではなく、独自のアイデンティティを持った存在である。
過去にはもっと高価なペンも試してきたが、絵や図や文字が入り乱れる手書きの作業ではいまのところこのペンを超える道具は僕には考えられない。
ふと、ここまで書いておいてなんだが、スケッチを200円のペンで描いているってことをバラしちゃってよかったのかな? と、少し不安になった。
いやいや、こんな素晴らしいペンが200円であることがそもそも間違っているのだ。
その10倍の値段でも僕には必要なものだから。100倍なら……もちろん買う
アインシュタインはあるとき「先生の研究室はどこですか?」との問いかけに、胸ポケットに差した万年筆を指差して「ここです」と答えたという。
だから僕もプラマンを握り自信をもって答えよう。
「僕の設計室はここです」
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津田朋延 (つだ・とものぶ)

建築家/京都精華大学建築学科講師

1972大阪市生まれ。
少年期にカール・セーガンの書物に感化され天文学に憧れるが、数の計算よりも絵を描くことを好み美術大学で建築を学ぶ。
2003年に建築設計事務所「sunia」を開設。
住宅建築のほか「graf.labo」「flowing KARASUMA」「森をひらくことT.O.D.A」「菜食 晴」「光兎舎/KOUSAGISHA」」「北新地 市松」などの建築・内装設計、瀬戸内国際芸術祭「直島銭湯I♡湯」「女根」「針工場」の美術制作設計を担当する。
好きな建築は「東京カテドラル聖マリア大聖堂」「伊勢神宮」および「スーパーカミオカンデ」。