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アネモメトリ -風の手帖-

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#53

ウィンドジャマー
― 鈴木卓爾

(2017.05.05公開)

街を歩いていて、「あ、映画の撮影をしてる」って発見することがあると思います。おそらく誰しもが、割と瞬時にそれが撮影行為だってわかるのではないでしょうか。カチンコというゼブラ柄の入った板を手にした人が動き回っていたり(カチンコはシーンナンバー、カットナンバー、テイク数などを映像に映しこんで記録する物)、もちろん撮影しているカメラの存在感も大きいですよね。それが集合している風景は、工事現場とも違うし、日常の街に存在するにはどこか異質な人の集まりだからです。
中でも、空に大きく突き出ている金属製の竿の先に、細長い楕円形のモコモコとした毛に覆われた物体があるのが目に入ります。なぜ、映画撮影ではあのような動物的な丸いものを天高く掲げているのでしょうか? 雨が降らないように、神様にああしてお祈りをしているのでしょうか? 動物に似ているので、あのモコモコした物体を触ってみたいなと思う方も、少なくないと思います。あのモコモコの物体は、映画撮影用のマイクです。マイクで俳優の声を録ったり、現場の環境音を録ったりします。マイクがなぜ、モコモコした毛で覆われているかというと、あの毛の袋が、外でロケをする際に風がマイクに当たり、ノイズで台詞や環境音をだいなしにしないようにする、風防の役割を果たしているのです。正式名称は、「ウィンドジャマー」と言います。撮影現場では、短縮して「ジャマー」とか言っています。私は最初の頃、「ジャーマン」と聞き間違えていて、てっきりマイクの先のモコモコはドイツ製なのだと思っていましたが、そうではないようです。つまり、マイク自体に風が当たって発生する音は、基本的には映画の音としてはNGということになります。俳優の台詞が聞き取れなくなったり、音の仕上げ作業でも除去できない音質が録れたら、台無しですからね。
映画撮影の王様機材といえば、カメラでした。少し前までは映画は35㎜フィルムで撮影をしていましたので、フィルムを装填してあるマガジンケースも、カメラ本体のサイズも大きく、それを支える三脚も含めると、撮影現場での存在感はたいしたものでした。ですがこの何年かで、フィルムの撮影からデジタル撮影へと映像のフォーマットが移行し、現在日本での映画撮影がほとんどデジタルカメラになるにしたがって、今ではカメラそのものは大変小さくなって来ています。あるいは、一眼レフカメラの動画機能を使った撮影も一般的なものになっています。最近では、スポーツカメラとかウェアラブルカメラとかいう本当に小さなカメラや、iPhoneのカメラ機能で映画を撮る人もいます。
こうなると、街で見かける撮影隊の風景も、最近ではカメラがどこにあるのかがちょっと見ただけではわからなくなってきたように感じます。
ですが、空に掲げられたマイクの大きさは今の所、昔とそう変わっていないのです。今では、撮影風景を見つけるのに、一番先に目に入る物体は、モコモコしたウィンドジャマーをかぶせたマイクになって来ました。
私は昔、映画はカメラが王様で、録音マイクは女王様だと思っていました。今になって、王様の姿はどんどん小さくなっていき、大きなひとつの視点による絶対的な価値から、小さ多種多様な視点から生まれる分散した価値へと、映画の可能性が移ってきたように感じています。
そのありようの中から、依然として映画一本の連続した時間の創作物として、スクリーンに何らかの物語を投射し続けることができているのは、マイクがあるからではないかという気がしています。録音マイクは昔のままの大きさで撮影現場空にウィンドジャマーを掲げています。マイクは、王様のいなくなった映画の撮影現場で、映画の女王様から、お母さんのようになってきたのかもしれません。

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鈴木卓爾(すずき・たくじ)

1967年静岡生れ。2009年公開の映画『私は猫ストーカー』(31回ヨコハマ映画祭新人監督賞・第19回日本映画プロフェッショナル大賞作品賞・新人監督賞)で劇場長編映画監督デビュー。長編監督作に、『ゲゲゲの女房(2010)』(第25回高崎映画祭最優秀監督賞・最優秀主演女優賞)、『ポッポー町の人々(2012)』、『楽隊のうさぎ(2013)』がある。オムニバス監督作として『パルコ・フィクション(2002)』『コワイ女~鋼(2006)』がある。2016年3月より全国公開された長編作品『ジョギング渡り鳥』は、第8回多摩映画賞にて特別賞を受賞。俳優としての出演作に『セトウツミ(2016、大森立嗣監督)』『ヒメアノ~ル(2016、吉田恵輔監督)』など多数。2016年4月より、京都造形芸術大学映画学科准教授に就任。