アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#47

タップシューズ
― 熊谷和徳

(2016.11.05公開)

はじめてタップシューズを履いたあの日から25年の時が経とうとしています。
高校1年生のとき、はじめてアメリカから取り寄せて履いたタップシューズはサイズがおおきくてぶかぶかでした。廊下で履いて歩いてみただけでカチッカチッと音がなり、それだけで胸がワクワクしたのを覚えています。
暇があっては公園のベンチなど木の床があるところを探して、靴を履いてステップを繰返し練習したものです。そしてその靴がぼくをこんなにも遠くへ、そしてさまざまな人達との出会いを与えてくれるとは、あの頃は全く想像もしていないことでした。

それぞれの靴はそのときそのときに踏みしめた想いを音として表現してくれて、そして物語を創造してくれているかのようです。
時には僕とともに、数々の困難にも立ち向かって傷だらけにもなったこともありました。
今日だけをなんとか乗り越えなくてはと、最後の力を振り絞って踏んだステージもありました。
ほとんど知っている人もいない国へ行き、言葉もわからずに電車の乗り方もわからない国々へ行き、なんとか辿り着いたステージで精一杯の音を奏でてくれました。
そのような困難を乗り越えた数だけ、僕は靴とともに少しずつ成長することができたのだとおもいます。

僕にとってタップシューズは最も大切なものではありますが、自分が靴に求める特別なことはほとんどありません。
最近では様々なデザインのシューズなども売られていますが、はじめて履いたタップシューズと同じものをずっと履き続けています。
今後もっと自分の靴に対して、自分だけの仕様など『こだわり』を持つこともあるかとおもいますが、今のところは靴に対する『こだわり』を持たないことがある意味自分にとってのこだわりなのかもしれません。

タップダンスというアートは、アフリカの大地を踏み踊っていた黒人達が奴隷としてアメリカに連れて来られた際に、話すことや楽器も禁じられていたために唯一自由だった足で感情を表現することからはじまったといわれています。自分の身体と地面を使ってリズムを生み出し踊ることは、今もシンプルに変わらずにあり、その変わらない削ぎ落されたアートを自分は心から尊敬し、愛しています。
同じようにこの文化、伝統を繋いできたダンサー達を心から尊敬しています。
タップダンサーが本当の意味で鳴らしているのは靴ではなく、想いであり、魂であり、精神そのものなのではないかとも思っています。

だからこそ僕は最もシンプルな靴を履いていたいし、歴史のなかでタップダンサー達が履いて踊ってきたものとおなじタップシューズを自分も変わらず履き続けていきたい、という気持ちがどこかにあります。
時とともに進化すること、それと同時に、変わらないものも僕は大好きなのです。

これからもずっとタップシューズと共に旅を続けていくでしょう。
そして旅の先々でまた新たな出会いや発見を大事にしながら、未だ見たことのない景色や音、リズムに身体をゆだねながら、一歩一歩の道を歩んでいきたいとおもいます。

現在使用しているシューズ。

現在使用しているタップシューズ。

タップダンサー、Jimmy Slydeのシューズ。  Tap Legacy Foundation

タップダンサー、Jimmy Slydeのシューズ。 
Tap Legacy Foundation

ダンサー、Bill Bojangles Robinson。 Tap Legacy Foundation

タップダンサー、Bill Bojangles Robinson。
Tap Legacy Foundation


熊谷和徳(くまがい・かずのり)

タップダンサー。
1977年、宮城県仙台市生まれ。
15歳でタップをはじめ19歳で渡米。NYU心理学科に通いながら、ブロードウェイの舞台『NOISE/FUNK』の養成学校でプロフェッショナルなトレーニングを受ける。惜しくもVISAの関係で出演は果たせなかったが、同時期グレゴリーハインズに出会い絶賛される。
その後NYのストリート、地下鉄からブルーノートのようなJAZZ CLUBまで独自の活動を広げ、NYタップフェスティバルに9年連続出演。NYタイムス等にも度々取り上げられ、VILLAGE VOICE紙では『日本のグレゴリーハインズ』と評された。06年、米ダンスマガジンにおいて『世界で観るべきダンサー25人』のうちの一人に選ばれる。
NYと日本を2大拠点とし、日本では日野皓正、coba、上原ひろみ、ハナレグミ、DJクラッシュ等と音楽シーンにおいて革命的セッションを提示、またRichard Bona, Christian Scott, Omar Sosaなど海外のミュージシャンとの共演も数多い。ソロ公演では青山円形劇場、シアターコクーン、国際フォーラムを即日SOLD OUTにするタップダンサーとしては異例の動員数をもつ。
06年にはMIHARA YASUHIROミラノコレクションの音楽をすべてTAPの音で演出。07年から09年にかけてはタップのルーツであるアフリカ、セネガル、更にはフランス、ドイツへツアーを敢行。2010年8月には東京オペラシティにおいて東京フィルハーモニーオーケストラとの画期的なソロ公演『REVOLUCION』を大成功に導いた。
2012年、文化庁からの助成金を受け再び、NYに拠点を移しアメリカ、ヨーロッパにて活動の幅を広げる。2014年1月、凱旋公演としてBunkamuraオーチャードホールにて3日間の公演『DANCE TO THE ONE』を行ない大成功を収める。4月にはイタリアにてミラノサローネのアートインスタレーションに出演し、地元メディアをはじめ大きな話題を集めた。
2014年5月にはニューヨークにおいて毎年開催されるNATIONAL TAP DANCE DAYにて Flo-Bert Award (生涯の功績を讃える)賞を受賞し、9月に再びBunkamuraオーチャードホールにてソロ公演『HEAR MY SOLE』を2日間に渡って行い大成功を収めた。
2016年10月、NYにてすべての分野のダンスの最高峰の賞である『NY DANCE AND PERFORMANCE AWARD』(BESSIE AWARD)の”OUTSTANDING PERFORMER”(最優秀パフォーマー部門)にノミネートされ、受賞。現在、世界中で注目を集めている。
2008年より東京に自身のスタジオKAZ TAP STUDIOを持ち、地元仙台においては仙台市文化事業団と共に後進の育成のためのプロジェクトTAP THE FUTUREを行い、タップの楽しさと文化を広めるため日本全国でのワークショップを勢力的おこなう。
GREGORY HINES, BUSTER BROWN, JIMMY SLYDEをはじめNYで彼自身が出会った今は亡きマスター達に感謝を捧げながら、熊谷和徳の独自の唯一無二のアートは日々進化し、新たなタップダンスの未来を創造している。