アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

最新記事 編集部から新しい情報をご紹介。

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

このページをシェア Twitter facebook
#35

トイレの世界地図
― 古木洋平

(2015.11.05公開)

「そもそもの始まりはこの場所かもしれない」
久しぶりに帰省した実家のトイレに腰掛けて、目の前に広がる地図を眺めながらそんなことを思った。

子供の頃から家のトイレには「世界地図」と「世界の美女カレンダー」が貼ってあった。腰掛ける方から正面に見えるのが世界地図で、背後には美女カレンダーというのがお決まりの位置となり、男達が便座に向かって立つときはカレンダーの美女とよく目が合うという仕組みになっていた。おそらく一家の主である父が貼ったに違いないと子供ながらに思っていた。

世界地図をトイレに貼る家庭は少なくないと思う。学習教材の付録に付いていることが多く、我が家のトイレに貼られていたのも、典型的な学習用地図だった。おかげで沢山の地名を覚えた。小学2年生にしてスリランカの首都名スリジャヤワルダナプラコッテを暗記していたのが自慢だった。

僕の父は旅行会社で働いていた。旅行ツアーの添乗で訪れた渡航先から、父はよく、絵ハガキを送ってくれた。びっしりと書かれたメッセージの裏の、はじめて出会う景色をいつも楽しみにしていた。雪に覆われた美しいヨーロッパの町並みや、山間に暮らすチベットの人々、時にはインドの蛇使いなど。あらゆる所から絵ハガキが届いては、それを片手にトイレへ駆け込み答え合わせをした。カレンダーの美女達もまた、思春期の僕に世界の広さを教えてくれたことは言うまでもない。サハラ砂漠でポーズを決める美女や、揚子江に浮かぶ小舟にモデル立ちする美女など、違和感のある設定に一層世界の不思議さを感じたように思う。

トイレの世界地図の隅には沢山の国旗と世界遺産の写真が並んでいた。頭の中で何度もエジプトのピラミッドを訪れ、太平洋に浮かぶ小さな島々を巡り、アラスカのエスキモー達の厳しい生活に思いを巡らせた。なかでも子供心に、妙に惹かれたのは南アメリカ大陸だった。日本から遠いその大陸の形、地名や国旗のデザイン、不思議な遺跡の数々、どれもが特別なものに感じてならなかった。

そんな風に日々トイレで眺めていた世界地図への想いは、やがて僕を南米へと連れて行くことになる。いろいろと理由やきっかけはあったのだけど、いま考えると「実際にあの地図の上を歩いてみたい」主にそれだけの理由で全ての貯金とカメラを手に南アメリカ大陸の旅は始まった。
中南米のグアテマラから入りメキシコ、キューバ、ジャマイカを巡り、そしてコロンビアへ飛び、そこからアルゼンチンまで南下した。初めての長期の旅は刺激的で何度も自分の常識を覆された。
グアテマラの山中で、まるで漫画に登場するような目出し帽を被った山賊に遭遇し襲われたときも、険しいアンデス山脈の道でバス酔いをした地元の子供の横に乗車していたときも、古代遺跡や広大な自然に圧倒されているときも、僕の頭にはあのトイレの世界地図が浮かんでいた。あのトイレの世界地図の上を歩いていた。

この南米の旅での偶然の出会いがきっかけとなり、帰国して半年後にモンゴルで映画制作を行なう事になった。マイナス20℃にもなる凍てつく寒さの冬のモンゴルを1500キロ、小さなバスで旅をした。どこまで行っても変わらない草原の雪景色を何時間も窓からぼんやりと眺めているときも、頭の中にあるトイレの地図に線を引いた。
その後も、カメラはビデオカメラになりロンドン、イスラエル、イスタンブール、リオ・デ・ジャネイロ、マダガスカルなど、あらゆる場所へ赴き撮影を重ねた。その場所で過ごし、その土地の人間と関わることで、いつしかトイレで眺める地図は、土地の香りや自分の体験した時間を感じることの出来る特別な道具へと変化していった。経験によってより鮮明に地図が見えてくるように思えた。

世界地図をトイレに貼るその習慣は今でもつづく。これまで引っ越す度に世界地図を探しては家のトイレに貼ってきた。毎日、世界地図を眺めながら尽きない好奇心を赴せる。
立ち上がり、実家のトイレを出る前に振り返ると、タージ・マハルで微笑む美女と目が合った。

photo

撮影:古木洋平

古木洋平(こぎ・ようへい)
映像作家。1981年鹿児島生まれ。大阪芸術大学写真科中退後、写真の制作活動と平行して映像表現を学ぶ。映画『チャンドマニ』(2009年)、映画『ギターマダガスカル』(2015年)の撮影監督を努める。他にも写真家のドキュメンタリーや音楽ライブの記録など国内外で制作している。