アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#28

クラシックギター
― 長谷川健一

(2015.03.05公開)

普段、ギターを弾きながら歌を歌っている。
それはいわゆる「ギター弾き語り」というもので、ライブで歌うときはアコースティックギター(以下アコギ)というスチールの弦が張られたギターを使う。稀にエレキギターも使う。家で曲を作るときは、クラシックギター(もしくはガットギター)とよばれるナイロンの弦が張られたギターを使う。いつからか覚えていないけれどそんな使い分けをするようになった。

もともと初めて手にしたギターはクラシックギターだった。物心ついたときには父親はクラシックギターを弾いていて、楽譜を見ながら毎晩家で練習していた。子供の頃、僕はクラシック音楽に興味もなく、覚えているのが「禁じられた遊び」等のクラシックギターといえばコレみたいな有名な曲を弾いていたこと。そして毎晩同じ曲の同じ箇所を間違えていたことだ。

中学3年生の時に、父親に今は使っていないというギターをもらった。1965年に作られたクラシックギターで、自分の手にはまだネックが太くFのコードを押さえるのに難儀した。

大学を卒業するタイミングで特に就きたい仕事もなかった僕は、そのギターで歌を作りはじめ、当時主流だったカセットテープに自作の曲を録音してデモテープを作りはじめた。
それらは友人に渡したり、ライブハウスやレコード会社のオーディションに送った。それがきっかけで色んな場所で演奏することになった。アコギを持っていなかった僕は、クラシックギターを使いライブをした。でもいくらライブを重ねてもクラシックギターと自分の歌がしっくりこなかった。

クラシックギターをチューニングして弦をピンと張ってやる。
そのたび僕にはいつも、鳴らす音は歌の伴奏などをするつもりがないと言わんばかりの独立した凛とした響きに聴こえた。
自分の歌声とギターとの違和感を抱えながら、ある日先輩ミュージシャンにこれまた今は使ってないというアコギを借りて歌うようになった。ライブハウスやカフェ等、ちょっとよそゆきな気分で歌うとき、アコギの音はなんだか自分の歌声にフィットしているように思えた。
数年後アコギの返却を求められ、自分でも同じメーカーのアコギを購入した。アコギで歌うようになってからも、依然として曲作りの際は1965年製のクラシックギターを使っていた。

クラシックギターの弦のテンションを緩める。
少し弛緩した、リラックスした音色。テンションを緩めることで、主役から名脇役に代わる。歌のメロディという主役を支える頼もしい受け皿になってくれるようだ。弦の細いアコギではテンションを緩めてしまうと支えとしては貧弱に感じる。
これまで作った歌で、アコギによるものはないと思う。思う、というのはそれほどクラシックギターに拘って曲を作っていなかったが結果そうなったということだ。どの曲もチューニングが通常よりも緩んだクラシックギターで作ったものだ。

一体いつから張られているのかわからない弦の音色が、どんなメロディをも受けとめてくれるような寛容さを湛えているように聴こえる。しゅっとしてよそゆきなライブの時には使わないけれど、おそらく自宅に友人が訪れてそんな宴席で歌う為にならテンションの緩んだクラシックギターをむしろ使うだろう。
そんな自分の普段着に最も近いムードの楽器が、歌を紡ぐというリラックスした状態にしかできない作業に一番適している。

これからもこのクラシックギターで歌を作るだろう。きっと同じ人間が作る歌なんてどれも似ている。意図的に作風を変えたり、共同作業でもない限り似たような作品は増える。この先、音楽の歴史を刷新するような革新的な歌を作る事はないし、それについては興味もない。

15年以上歌い続けている自作の曲がいくつもある。
同じ曲でも、15年前と今では歌いながら見ている景色は違う。15年前の気持ちで今は歌えない。同じ歌でも、歌うたびに新しいし、聴く方も聴くたびに違う気持ちでいるはずだ。

僕にとって歌とは、歌い手であるひとりの人間の匂いのようなものだ。それは好きな香りがしたり、嫌な臭いがするものであって当然だ。11歳上のクラシックギターは壊れない限りいつまでも音を奏でる。また遠い将来、違う誰かと一緒に歌を紡ぐ作業を手伝って欲しい。

長谷川健一(はせがわ・けんいち)
音楽家。1976年12月京都生まれ。2007年、ミニアルバム『凍る炎』『星霜』を二枚同時リリース、2010年、ファースト・フルアルバム『震える牙、震える水』をP-VINERECORDSよりリリース。2011年、「ASIAN KUNG-FU GENERATION presents NANO-MUGEN COMPILATION2011」に参加、同年リリースされたNabowa『DUO』にもボーカリストとして参加。「FUJI ROCK FESTIVAL2011」、「SWEET LOVE SHOWER 2011」にも出演。
歌が純粋に歌として響くことの力強い説得力、繊細な光が震えながら降り注ぐような、誰にも真似できない表現。優しくも切ない叫びは、聞くものを深遠な世界へと誘い続け、京都が生んだ孤高の天才シンガー・ソングライターとして、多くのファンやアーティストから高い評価を得ている。2013年にはジム・オルークプロデュースによる待望のセカンド・フルアルバム『423』をリリース。同年、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文によるレコーディング・ディレクションとコーラス参加のもと、珠玉のカバー集『my favorite things』をリリース。
http://www.kenichihasegawa.com/