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アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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“土偶の魅力”に導かれるまま書き、伝える
― 譽田亜紀子

(2017.11.05公開)

文筆家の譽田亜紀子(こんだ・あきこ)さんは、「土偶女子」という変わった肩書きも持っている。2014年に初めての著作となる『はじめての土偶』を上梓して以来、土偶や縄文時代にまつわる書籍を刊行。これまでの考古学の分野では語られていなかった土偶の面白さを、わかりやすく、ユーモラスに書き上げている。今回のインタビューでも、土偶愛に満ち溢れたお話をうかがった。22281567_775385115975263_8722158846784695802_n———土偶に目覚めたきっかけを教えてください。

フリーライターとして駆け出しのころに、奈良のガイドブックを編集・執筆する仕事をいただいて、ネタを探しに奈良県立橿原考古学研究所附属博物館に行ったんです。そこでたまたま、前年に奈良県で発掘された土器や土偶といった「遺物」の企画展をしていました。そこに展示されていた土偶に衝撃を受けたんですね。それまで土偶って、社会の教科書に出てくる遮光器土偶しか記憶がなかったので、それ以外にもあることがものすごく衝撃で。調べてみると、実は非常にたくさんの土偶が世の中に存在することをはじめて知ったんですよ。「わたしたちが知らないだけで、縄文時代にすごく面白いものがつくられているじゃん!」って思って。日本でアートと言えばよく西洋を賛美するけど、こんなに面白いものをつくっていたひとが、わたしたちが住んでいる日本列島にいた。その面白さを知らずに死んでいくって、すごくもったいないと思ったんですよ。海外ではなく足元を見た方がいい、これを知らないことは罪だなと思えるぐらい。その衝撃をいろんなひとと共有したくて、本をつくりたいと思いました。それが2010年頃ですね。

1冊目の著作となった『はじめての土偶』(2014年、世界文化社発行)。今でも一番思い入れの深い書籍だそう。

1冊目の著作となった『はじめての土偶』(2014年、世界文化社)。今でも一番思い入れの深い書籍だそう。

———そこから1冊目の著作となった『はじめての土偶』の発行は2014年ですね。5年近くかかったそうですが、その間はどのように活動されていましたか?

その頃京都造形芸術大学の通信教育部に通っていて、専攻は文芸表現だったんですが、一般教養の授業に土偶や縄文のワードが散りばめられた考古学の授業がありました。その授業の担当をしていたのが、わたしの書籍の監修をしていただいている武藤康弘先生です。授業の1日目から先生のところに名刺を持って行って「土偶の本をつくりたいんです。わたしに教えてくれませんか」って頼みました。するとスクーリングの3日間だけしか出会わない学生なのに、「よかったら研究室に来ますか」って言ってくださったんですよね。そこから訳も分からず研究室に通い出して、先生からいろんな教えをいただいたり、本をたくさん読んだりして、こういう本がつくりたいんだって話を先生に語っていました。
それから大阪の編集プロダクションに企画を持ち込んだこともあります。ただ、土偶の多くは東日本から見つかっていて、西日本は弥生時代からの遺跡が多い地域なので、考古学的に身近なものは古墳や埴輪になるんですね。だから関西のひとにとっては、土偶は非常に馴染みがない。とてもアウェー感が強くて。東京の大手出版社の編集者に企画を打診しても「自費出版か電子書籍じゃないと、本にならないね」と言われてしまいました。まだ土偶はニッチすぎて、売れないという判断をされたんですよね。そんな悔しい思いをしながら、5年間悶々と過ごしました。そういう時代に、まずは研究者たちとの人脈を広げていったんですよ。

———もともと考古学は専門ではなかったんですよね。

最初の大学では家政学部児童学科を卒業した人間なので、問題外ですよね。研究者には「なんだ、こいつは?」と思われるところからのスタートでしたけど、応援してくれるひとも出てきて。次はこんなひとに会ったら? こんなものを見てみたら? と紹介されたら、素直に従いました。知識がないぶん、先生たちの言う通りに動くしかないと思って、お金を湯水のように使うってこんなことかと思うぐらい、自分に投資していましたね。

———苦しい時期を過ごしながらも、それでも土偶に対する気持ちは変わらなかったんでしょうか。

わたしは自覚がありませんが、後から振り返ると「苦しそうだった」って周りのひとには言われますね。でも、やりたいことに困難がついてくるのは当たり前だから、当人は苦労と思わなかったんだと思います。
それに、今でも見たことのない土偶を見るとすごくテンションが上がるんですよ。現在は本を書いたりいろんなお話をいただいたりしていますが、その気持ちは1冊目の本を書いたときから全然変わらないんですよね。それは土偶の力だと思っていて。縄文人は現代人の感覚では計り知れないものを持っていて、見ている世界も環境も今とは全然違うんだけど、土偶を見ていると、彼らに近づけそうな気がするんです。ユニークな造形をつくり出す世界観は、その環境だからこそ生まれたものなので、デザインされきった今の世界では絶対にできない発想だなと思います。子どもがねんど遊びでつくったような稚拙なものもあるし、1センチほどのすごく小さなものもあります。土偶は祈りの道具と言われているけど、すべてがそうとは限らないとわたしは思っていて。縄文時代は文字がないので、確かなことは研究者にも言えないんですよ。だから土偶には想像すればするほど楽しめる余白があるんです。
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『土偶界へようこそ――縄文の美の宇宙』『土偶のリアル――発見・発掘から蒐集・国宝誕生まで』(ともに2017年、山川出版社)。初めて土偶について知るひとから、すでに譽田さんの読者にも毎度発見のある内容だ。

『土偶界へようこそ――縄文の美の宇宙』『土偶のリアル――発見・発掘から蒐集・国宝誕生まで』(ともに2017年、山川出版社)。初めて土偶について知るひとから、すでに譽田さんの読者にも毎度発見のある内容だ。

———譽田さんの本が出るまで、親しみやすい視点で土偶について書かれたものはなかったと思うんですが、まわりの反響はどうですか?

意外に考古学者の方が喜んでくれました。もちろん、もっと学術的に書いてほしいという方もいらっしゃいますけど、「よくこういう本を書いてくれた」と言ってくれる方が多いです。アカデミズムの世界では、こういったフランクな本を出すのは難しかったり、書けなかったりするし、考古学者は専門用語が共通言語になっていて、それが一般のひとには難しい話だという自覚があまりないように思います。知り合いが言うには、わたしの仕事は「トランスレーター(翻訳者)」だと。土偶に衝撃を受けてこの世界に入ったので、一般読者の方と感覚が変わらないんです。文献も読むし専門家の話も聞くけど、読者と立ち位置が同じなので、わたしの感覚やことばを入れ込んでトランスレートして、一般の方向けにわかりやすい本にしていく。会社員として広告に携わっていた時期もあるので、キャッチコピーをつけるのも好きですし、女性ならではのことば選びも読者の方には喜ばれていると思います。
また、博物館の方にもよく喜ばれました。博物館に来るのって、一般のひとじゃないですか。「わかりやすい本を尋ねられたときに、勧められるからいいですね」って。

———肩書きにもあるように、譽田さんをはじめとする「土偶女子」というワードも広まっていると思いますが、その実感はありますか?

これは縄文的だなと思うことなんですが、古墳好きのひとはみんなで集まって古墳を見に行ったり、グッズを愛好したりする組織があるんですけど、縄文好きの場合はあちこちにそれぞれのグループがあって、みんな勝手に活動しているんですよね。さすが古墳は組織で米づくりしていたひとたちのものだなって思うんですけど(笑)。
読者の方から電話や手紙をいただくことも多いです。本を手本に立体造形やグッズをつくったりする若い方も増えていますし、『にっぽん全国土偶手帖』を片手に土偶旅をしてくれたひともいます。わたしの最終目標は、そこなんです。本は入り口でしかなくて、やっぱり一番は生で土偶を見てもらうこと。本物に触れることに勝るものはないので、最終目標としては読者の方に博物館に行ってもらうことです。

『にっぽん全国土偶手帖』(2015年、世界文化社)。この本が「家族団欒の際、話題になる」という読者もいるという。

『にっぽん全国土偶手帖』(2015年、世界文化社)。この本が「家族団欒の際、話題になる」という読者もいるという。

———今はウェブサイトや新聞、さらには講演会などで土偶の魅力を伝える活動もされていますが、書籍として発信することを大事にされていますか?

やっぱり本ありきですよね。本はわたしの分身のようなもので、読者の方と直接お会いすることはできなくても、なんらかの時間を共有することができます。本はまさにコミュニケーションツールで、それを持つことで活動がすごく広がりました。読んだ感想をわざわざ手紙で送ってくださる読者の方がいたり、自治体の講演会に呼んでくださったり、テレビの特集に出演したりできているのも、そもそもすべて土偶がつないでくれた縁。まさに土偶に導かれるままに、今のわたしの活動が広がっているといった感じです。
今後書きたいと思っているのは子ども向けの土偶本。目標のひとつとして、考古学を学ぶ学生や子どもが増えたらいいなという思いがあるんです。考古学を学ぶ学生は減っている状況ですが、純粋に学問として楽しもうとしている女子学生は増えているようなので、そんな学生が増えたらいいなと思います。

土偶や縄文文化にまつわる講演会依頼は、全国各地から声がかかる。譽田さんが着ている“土偶ワンピース”にも注目!

土偶や縄文文化にまつわる講演会依頼は、全国各地から声がかかる。譽田さんが着ている“土偶ワンピース”にも注目!

———新たな試みとして、土偶の展覧会にも関わられるのだとか。

11月3日から豊橋市美術博物館にて開催される「東海大土偶展」に協力しています。土偶のPOPを書いたり、パンフレットに寄稿したり、展示の提案をしたりと、土偶を面白く見せるために博物館の学芸員さんと組んでやっています。土偶は東日本がメインなのに、東海地域というマニアック感(笑)。わたしもはじめて見た土偶がたくさん並びますが、それがまたひとの営みを感じさせるんです。立派な土偶に目が行きがちですが、実は全国にはなんてことない土偶をつくったひとたちがたくさんいます。どんなに地味でも彼らの生きた証なので、それが160点以上も集まるのは東海のひとたちにとっても意味があると思いますね。
土偶展チラシ(表)土偶展チラシ(裏)

———ついに本物の土偶と、譽田さんのことばが並ぶんですね。

そうそう、非常に面白いですよね。今後は、土偶や縄文に軸足を置きながら、少し時代を広げていこうと思っています。東京新聞と中日新聞で連載している「かわいい古代」という企画も、次から弥生時代について書きます。またいちから勉強なんですけど、よく見ると面白いものがたくさんあるなって。縄文時代の遺物をたくさん見たからこそ弥生時代との違いがわかるし、反対に変わっていない部分に気づく事も出来る。縄文好きが見る弥生時代っていうのも面白いと思うので、わたしなりの視点で書けたらいいなと思っています。本筋の研究者のひととは違う、読者に近い感覚を持っていると思うので、ほかの時代の文化財についてもやさしく、面白く書き続けたいです。わたし、「これは目力がある」とか「おっぱいが……」とかしか書かないから(笑)。そういう風にクスッと笑いながら文化財や博物館との距離が縮まるお手伝いができたら、それはそれで面白いですね。

取材・文 浪花朱音
2017.10.03 オンライン通話にてインタビュー
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譽田亜紀子(こんだ・あきこ)

岐阜県生まれ。京都女子大学卒業。奈良県橿原市の観音寺本馬土偶との出会いをきっかけに、各地の博物館、遺跡を訪ね歩き、土偶、そして縄文時代の研究を重ねている。現在は、テレビ、ラジオ、トークイベントなどを通して、土偶や縄文時代の魅力を発信する活動も行っている。著書に『はじめての土偶』(2014年)、『にっぽん全国土偶手帖』(2015年、ともに世界文化社)、『ときめく縄文図鑑』(2016年、山と渓谷社)、『土偶のリアル』(2017年、山川出版社)、『知られざる縄文ライフ』(2017年、誠文堂新光社)、『土偶界へようこそ』(2017年、山川出版社)がある。『中日新聞』『東京新聞』毎週水曜日夕刊にコラム「かわいい古代」連載中。


浪花朱音(なにわ・あかね)

1992年鳥取県生まれ。京都造形芸術大学を卒業後、京都の編集プロダクションにて、書籍の編集・執筆に携わる。退職後はフリーランスとして仕事をする傍ら、京都岡崎 蔦屋書店にてブックコンシェルジュも担当。現在はポーランドに住居を移し、ライティングを中心に活動中。