アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#31

無形の風景をめぐる、スタンプハウスが届ける心のお土産
― 姉帯美保子

(2015.06.05公開)

 「北海道の田舎」と聞いてイメージするものはなんだろうか? 緑が広がる広大な土地にはのどかで心安らぐ風が吹いている。そこに赤い屋根と馬蹄が目印の郵便箱のようなオブジェ、「スタンプハウス」を建ててみてほしい。北海道の素敵な風景がより魅力的に映し出されることだろう。北海道浦河町にて2013年から開催されている「うらたび」は、この「スタンプハウス」と呼ばれるオブジェを各所に設置することで新たな風景をみつけていくスタンプラリー形式のイベントだ。浦河の風景の魅力を引き出し、町民の心を躍らせている。このイベントの仕掛け人となったのが空間デザイナーの姉帯美保子さんである。「うらたび」を企画する「うらかわスタンプハウスのある風景プロジェクト」のプロデューサーとして、浦河町という「まち」空間をもデザインする姉帯さんに、まちの魅力をデザインすることについてお話を伺った。

牧場と IMG_6685

——京都造形芸術大学の通信教育部空間演出デザイン学科に入学されたのはいつごろで、またきっかけはなんだったのでしょうか。

5年ほど勤めたハウスメーカーを辞め、独立して15年ほど経ったころです。コーディネートに限らず、商品開発やディスプレイ、リノベーションなど住空間に関わる仕事を幅広く手がけていたのですが、仕事を続けていくうちに、このスキルを生かして地元でもある北海道の田舎でなにかできないだろうかと考えたんです。すでに二級建築士とインテリアコーディネーターの資格は持っていましたし、仕事としてもずっとやっていたので、技術を学びたいというより空間をプロデュースするために必要な視点や、デザインをマネージメントすることを学びたいと思い、京都造形芸術大学に入学しました。

——大学では何を学ばれましたか? 現在の活動に生かされていることはありますか?

フィールドワークを通しての学びが今に一番生きています。東京での一番最初のスクーリングで、六本木のまちを歩いて自分なりの視点で情報誌をつくるという課題が出されたのですが、そのとき実際にまちを歩いて感じたことが、自分が今までイメージしていた六本木とまったく違っていたので、実際に歩いてそのまちを見てみるとずいぶん違うものを感じるなと体感したんです。
さらに別の課題では、フィールドワークをしてそのまちを知った上でそのまちのお土産を考えたのですが、大学に入ったときからさまざまな課題を通して、北海道の地域を舞台にチャレンジはしていたものの地元ではやっていなかったと思い、この課題は実家のある浦河町でやってみることにしたんです。外からの視点で地元を見ることをしたかったので、実家には泊まらず、ホテルに泊まってそこに置いてあるガイドマップをたよりに今まで知らなかった浦河を見てみようと一泊二日の旅をしました。そのとき見た浦河の風景の美しさにとても感動したんですよね。自分の気持ちや目線が変わると、見知っているまちですらこんなに違って見えるんだなって。このフィールドワークを通しての活動が一番現在につながっているものですね。

——現在、姉帯さんが浦河町で行われている「うらたび」ですが、これはどういった活動をされているのでしょうか。

「うらたび」は、毎年期間限定で開催しているスタンプラリーのイベントです。「誰もが良く知っている場所ではなく、あまり知られてないけど実はいいよね」といったさりげない風景に、「ここがおすすめですよ!」という目印として、郵便箱のようなスタンプハウスを設置します。参加者は、ポストに200円を入れて中から自分でハガキを1枚取り出してスタンプを押します。今までは見出すことのなかったようなかけがえのない風景をめぐっていく仕組みです。スタンプハウスは「うらたび」開催期間のみ設置し、イベントが終わると撤収しますが、このイベントを企画・運営するのが「うらかわスタンプハウスのある風景プロジェクト」です。浦河町に協力していただき、浦河観光協会にも後援として入ってもらっていますが、企画や運営はすべてボランティアで集まった町民が主体となって行っています。目指すは「地元が発信する地元の魅力!」という活動ですね。

ポストカードIMG_5059

ハガキには浦河町の絵地図が描かれ、そこに各場所の特徴をあらわすはんこを押して、参加者オリジナルのポストカードに仕上げていく

うらたびマップIMG_6562

スタンプハウスの設置場所がわかる「うらたびマップ」。参加者は車やバスツアーを利用して各ポイントをまわる。全スタンプハウスをコンプリートされる方がほとんどだという

——観光客の方に向けてつくられたものなのですか?

まずは町民に楽しんでもらうことを考えました。順番として町民に楽しみながら浦河の魅力を知ってもらえたら、という想いがあるんです。地元のひとのほうが、意外と地元の魅力を知らなかったりしますよね。なので一方的に外からひとを呼ぶのではなく、まずは町民が楽しんでいる姿、みんなで協力して地元浦河町の魅力を発信している姿を町外のひとが見てくれたらと思っています。町外のひとが見て気に入ってくれると、それだけで町民のモチベーションは上がりますし、町民にとって見慣れている風景でも町外のひとの「とても感動した!」という声にわたしたちはすごく感動するわけです。そうするとさらに「もっといい風景はないかな。もっと楽しんでもらいたいな。この風景を大事にしていかないと!」という意欲が湧く。こういった循環していく仕組みをつくりたかったんです。
それに浦河町は小さなまちなので学校は高校までしかなく、わたしも含め多くのひとは進学や就職でみんな外に出て行っちゃうんですよね。そこでこの「うらたび」がこども時代の思い出として心に根づいて、大人になってから毎年「うらたび」を楽しみに帰ってきてくれたり、「うらたび」の仕組みに何らかのかたちで関われるようになったらいいなと思っています。

桜の木の下でIMG_6801

町民、とりわけ子どもの記憶に風景が残ることを願って

——「うらたび」は2011年に姉帯さんが企画され、2013年に試験的に実施されたとのことですが、どういった経緯だったのでしょうか。

2011年春に、わたしが浦河の町長宛に企画書を郵送したのが始まりです。一年間はなんの音沙汰もなく、わたしも忘れかけていたころに役場の方から「会って話を聞いてみたい」という連絡が来たんです。ちょうど大学の卒業制作の時期だったので、先生と役場の方とそれぞれ相談しながら卒業制作のプロジェクトとして立ち上げました。
一番初めは一人でのスタートなので、まずはプロジェクトに興味あるひとを集めるために、町内のお祭りのときに手づくりのスタンプハウスとハガキ、スタンプを持って行って、「浦河町の風景を活かしてぜひこういったことをやりたいのですが、興味のある方はいませんか?」と呼びかけました。そして実際に連絡先を教えてくれたひとに連絡をとり、お試しでやってもらったんです。また役場の方からも興味を持ってくれそうなひとを紹介してもらって、少しずつ少しずつ共感してくれるひとを増やしていきました。

スタンプハウス外観IMG_0759

赤い屋根が魅力的なスタンプハウスは、馬の厩舎をもとにした姉帯さんご自身のデザイン。北海道の風景によくなじみ、よく映える

その後、話し合いを重ねながら、冬が来る前にみんなで実際にスタンプハウスを手づくりしました。この活動に共感してくれた町内の建具業者さんが、わたしがつくった図面と見本をもとにプラモデルのパーツようにキット化して、あとは組み立てたらできあがりというところまでかたちにしてくださったんです。それを12月から3月の冬の間、実際に設置し、耐久性の確認をしました。その時点で大学の卒制としては終わったのですが、スタンプハウスをみんなで実際に立てたことで、それまでは「風景のなかにスタンプハウスを置いて、風景の魅力を伝えていく」という言葉のみのコンセプトが目に見えるかたちとなり、プロジェクトメンバーもイメージが湧いたようで自然と「じゃあこれを試験的に実施してみましょう」という流れになって、2013年の秋に17日間「うらたび」を開催しました。

スタンプハウスづくりIMG_0569 スタンプハウス完成IMG_2859

スタンプハウス制作ワークショップのようす。手づくりの味を残しながらもおしゃれなスタンプハウスが完成

——そのときはどのような反響がありましたか?

思った以上にいい反応を得られました。参加してくださったみなさんは新しい試みに対するアンテナが高い方々だとは思うのですが、それでもコンセプトをしっかりと理解してくださる方が多く、「もう何十年も住んでいるのに、浦河のことを知らない自分を発見できた」というコメントをくださった方もいて、わたしたちも活動を続けていく自信につながりました。

——そういった一言をもらえるととても嬉しいですし、成功の実感をつかめますよね。これまでの活動での問題点や、今後の課題などはありますか?

活動の仕組みと主体をどうデザインしていくのか、そして継続して活動するための資金の確保が一番の課題です。
このプロジェクトを提案したのがわたしということもあり、今はわたしが中心となって動かないと上手くまわらないというのが現実ですが、活動が浦河町のなかに根付き徐々にわたしがサポート役にまわるかたちにしたいと思っています。一緒に活動している町民有志の心の満足はどこにあるのかを確認しながら、今後はまちの現状に合わせた仕組みや組織のデザインを考えなければならないと思っています。

——スタンプハウスで集まったお金はどういったことに使われているのでしょうか?

ハガキは1枚200円で販売していますが、正直それで利益はほとんどなく、余裕をもって多めにもつくっているので、今のところ赤字にはなっていないという程度です。もともとハガキで多くの収益を得ることは考えていませんが、浦河観光協会からの予算だけでは運営は難しいので、プロジェクト主催で、写真の先生と一緒にスタンプハウスのある風景をまわる「うらたびカメラ女子旅」や、自転車で浦河町の魅力を旅する「うらたびサイクリングツアー」といったツアーを開催したり、浦河の風景を絵ハガキにして綴ったイラストブック「うらかわノート」や絵ハガキセット、カレンダーといったグッズを販売して収益をあげようと考えています。ボランティアでできることの範囲と、人件費も含めてお金をかけてやることの整理をしてそのための資金をどう捻出するかも考えていかないとなと思っています。

うらかわノート1 グッズカレンダー2

浦河の風景に言葉を沿えて綴ったイラストブック「うらかわノート」と、消しゴムはんこが可愛らしいカレンダー。ノートのぺージは切り離してポストカードとして使用できる

——地元の新聞にも取り上げられるなど、もう町内ではだいぶ有名なイベントではと思いますが、この先どのようなかたちで発信していきたいですか?

知っているひとはものすごく共感してくれて、「できることは応援するよ!」と言ってくれているのですが、知らないひとがまだまだ多いのでじわじわと裾野を広げていきたいです。
「風景」をキーワードにプロジェクトを行ってきていますが、それは風景のように形がないものはお金では買えない財産だと思うからです。この無形の財産をどう生かして発信していけるか。それは浦河だけでなくどこのまちにも置き換えることができると思います。視点を少し変えて、ちょっとアクセントを加えるだけで、無形の財産がそのまちだけの魅力に変わる、そのお手伝いができればと思っています。

記念撮影IMG_1696

スタンプハウスと一緒に記念撮影。親子で参加される方も多く、かわいらしいフォルムが子どもたちにも人気

——「うらたび」のこれからも含め、今後はどんな活動をしていきたいとお考えですか?

いつかこのプロジェクトからわたしの名前が忘れ去られ、昔から住んでるおじいちゃんおばあちゃんたちに「実は言いだしたのはあのひとなんだよ」と言われるくらいまちに根づいて、町民から愛され、みんなが自分の取り組みだと思って大事にしていくようになればすごく幸せだなと思っています。浦河町というとても愛着のあるまちで活動できてすごく幸せなんですけれども、浦河に限定して活動を続けていきたいとはあまり考えていないんです。過疎化が進む小さなまちや、デザイナーがいない地域などで役に立てることがあるんじゃないかと思うんです。田舎出身なので田舎ならではの困っていることには共感できるところがありますし、素敵な場所なのに生かすスキルがない、人材がいないといったところでわたしを生かしてもらえればわたしも幸せです。

インタビュー・文 中野千秋
2015年5月12日 電話にてインタビュー

姉帯さんプロフィール写真IMG_0855

姉帯美保子(あねたい・みほこ)
北海道浦河町出身。京都造形芸術大学通信教育部空間演出デザインコース卒業。二級建築士、インテリアコーディネーター、商業施設士補資格を取得。高校まで浦河町で過ごし、大学入学を機に札幌市へ。北海道武蔵女子短期大学とIAI国際インテリアアカデミーにダブルスクールで通い、卒業後ハウスメーカーに就職。5年後独立し、クリエイティブワークスを立ち上げる。現在も札幌市を拠点にしながら、「うらかわスタンプハウスのある風景プロジェクト」の生みの親として活動するほか地域の魅力を発信するチラシや商品パッケージのデザインやディレクション、個人住宅のデザインまで幅広く活躍。

中野千秋(なかの・ちあき)
1993年長崎県生まれ。京都造形芸術大学クリエイティブ・ライティングコース所属。インタビュー&フリーペーパー制作の『Interview! プロジェクト』にて1年間活動。そのほか、職業人インタビュー『はたらく!!』の制作や京都造形芸術大学の『卒展新聞』などに寄稿。